いよいよ飛騨市の「広報ひだ」で、「飛騨びと 言の葉綴り」の連載が始まりました。広報ひだ 2024年4月号 – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)
飛騨びと~言の葉綴り~ – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)
広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も波岡孝治さん(神岡町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)中谷節子さん(宮川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」『文房具シリーズ⑥』の文房具はコチラ!
不鮮明極まりない記憶ですが、小学生の頃、日直の当番になると、下校前の掃除の時に黒板消しのチョークのカスを叩いて掃除したものでした。
両手に黒板消しを持ち、教室の窓から手を出して、二つの黒板消しの内側同士で叩き合ったものです。
でも風向きによっては、叩いたチョークのカスが煙のような塊となって、わが身に襲い掛かって来ることもしばしば。
また、隣の教室でも同じ光景が!
運が悪いと、隣の教室の黒板消しのチョークのカスまで、わが身に降りかかって来ることもあった覚えがあります。
そんなこんなで、やがては黒板消しを片手で持って、窓から大きく下に向けて突き出し、教室の壁で黒板消しを叩いたこともあったような。
それがやがて隣のクラスも、そのまた隣のクラスも真似て!
教室の壁が黒板消しのチョークで薄ら赤かったり青かったり!
もちろん先生に見咎められ、大目玉を食らったものでした!
小学校の卒業間近になってから、やっと電動の黒板消しクリーナーとやらが登場したものでした。
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そうでしたね〜。
風が自分のほうに来ないように 窓を二の腕ギリギリまで閉めてから 叩いてました。(笑)
黒板消しクリーナーを初めて使った時は 感動ものでしたよ。でも 音が大きかったような…。
黒板消しや黒板をきれいにするのって 日直さんが担当だったかなぁ〜⁈
黒板消しの掃除って、日直さんの仕事じゃなかったですかねぇ?
もうなんせ記憶の彼方の事ですので、おぼろげすぎちゃって(笑)
当番制。
その日の日直がやってたかな。
シングルハンドで叩き棒を使ってパンパンしてた。
たまに指を叩いたりしてさ(笑)
窓下の校舎に叩きつけてた子もいたなぁ。
人それぞれ叩き方があったように思う。
黒板を綺麗に消す子がいてね。
それは見事に消すのよね。
一度ならずも二度三度と繰り返す。
きっとこだわりがあったんだろうなぁ。
クリーナーが出たのは高学年になってからかなぁ。
随分楽になったし何よりも、
服が汚れないってのがサイコー!
電動鉛筆削り以来の便利グッズ登場って衝動だったよ(◎_◎;)
たかだか小学校の6年間でも、身の回りの道具たちは、それぞれにわずかながらも進化していったんでしょうねぇ。
今なんて、進化の仕方がジェット機なみの早さですものねぇ。
黒板消しの掃除 消したついでに 窓からパンパンとしてました。
中学の木造校舎の時に窓枠に消した色が付いていると先生に注意されてました。なかなか味があって よかったですよね。
次の日の日直に相合傘をつけてる子が
いました。つけられるのは嫌でしたけど サラサラっといたずら書き出来る子が羨ましかったです。
ありましたありました。
黒板の一番右側、今日の日付の下に、日直当番の男女の名前が書かれ、そう言えば相合傘がわざとらしく書き添えられていたものでしたねぇ。