ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑳

白鳥駅界隈「先祖の商標『元文』を背負った男」

町中(まちなか)を南北に貫く旧越前街道。

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越前・富山・美濃・尾張を結ぶ要衝として、宿場には人馬が行き交い、宿や酒場が軒を連ね大層な賑わいぶりであった。

その面影を最も残しているのが、元文5年(1740)創業の「布屋(ぬのや)」原酒造場だ。

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3000坪の敷地には、創業当時のままの仕込蔵も残り、まるでこの町全体を見守る、鎮守の社のような佇まいだ。

大店の玄関に掲げられた一枚板の檜看板には、右から「元文(げんぶん)」の商品名と、国粋日本清酒蔵元の浮き彫り文字。

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如何にも「手前どもは、由緒正しき蔵元でござい」と言った、威圧的なお仕着せがましさもなく、先祖の歴史に胡坐をかくような姑息さは微塵も感じられない。

店構えからは、ただただご先祖様から連綿と受け継がれた家業を、直向きに守り抜こうとする謙虚な姿勢が感じられる。

何ともその潔さが実に良い。

ご当主の人となりが透けて見えるようだ。

磨き込まれた引き戸を開けると、踏み締められた土間が静謐として広がり、その遥か奥に漆喰塗りの蔵が幾重にも連なる。

「私の下の名は、元文(げんぶん)やなく、元文(もとふみ)と読みます」。

仕込蔵で出迎えてくれたのは、十二代目当主の原元文さん(51歳)だ。

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「私が生まれた時、父も母も名前を思い付かず、『それやったら取りあえず、家の酒の名前でも借りとこう』と、そのまま名付けてしまったようです。だから私が生まれた昭和34年から46年まで、布屋の酒から『元文』が消えてしまいまして、その間は代用の名称で『大日(だいにち)(いずみ)』と呼んどったんです。でも『元文』が『大日泉』に名を代えただけですから、味は『元文』のまま一緒やったそうです」。

ところがそうとは知らぬ客は、しばらく面食らったに違いない。

「でも結局、両親の思いとは裏腹で、学校行ってもこの辺の子どもらは酒の『元文(げんぶん)』を知ってますから、元文(もとふみ)何てだれも呼ばんと『元文(げんぶん)元文(げんぶん)』って呼ばれてました」。

元文さんは懐かしげに笑った。

ご先祖は布屋から酒屋に商売替えでもされたのかと、どうにも気になっていたことを問うた。

「家の由来を語ると長くなりますが」と前置きし、元文さんが茶を一啜り。

―そもそも初代は、聖徳太子の側近として仕えた、渡来人の秦河勝に遡る。

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河勝の孫、秦河建が天智天皇時代に藤原姓を賜り、朝廷に仕えた。

その後平安京遷都で大和の伊東村より京の大原へ移り、氏を伊東、姓を藤原とし、伊東左衛門尉藤原勝繁に。

勝繁は平治の乱に、源義朝から味方につくよう乞われるものの、平家方との交流も強く申し入れを断った。

同時に子の勝正は雅楽・舞楽を学び、小松右中将平維(たいらのこれ)(もり)と親交が深く、後に義経の反感を買うところとなる。

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やがて平家一門は滅亡し都落ち。

元暦元年(1184)、勝正は隠密裏に維盛を匿い、大和路への逃亡を手引き。

しかし京都守護職の義経が知るところとなり、「亡父義朝が味方へ招かれし時も、勝繁は承知せざりと伝え聞く。此度勝正が維盛を匿いし事、重々憎く許し難し。早速鎌倉へ申達し首を刎ねん」と、逆鱗に触れた。

勝正は文治元年(1185)、先祖由来の薬師如来を背負い京を脱出し、近江国八幡の神職で雅楽の弟子であったト部(うらべ)常陸(ひたち)の館に身を寄せた。

文治2年2月、僧の姿に身を(やつ)し惣市(総合市場)に出掛け、辺りの様子を探索。

すると20歳ほどの美しい娘が通りかかり、「この白布を求め(たも)れ」と。

勝正はこれまで自ら物を買った事などなく、対価の見当も付かず、金子二百疋を手渡した。

館でその話を聞いたト部は、「山奥には天下に知られぬ人里があり、惣市に時折り白布を持って来る者があると言われる。それを手にすれば一生災難を逃れ、幸福を得ると噂される誠に目出度き品。人々は求めたくともついぞ出逢えぬとか。これを手にされたからには、御身の運も開けるでしょう」と告げたとされる。

翌月、近江を後に郡上へ。

しかし薬師如来のお告げにより、更に西方の油坂峠を越え、未開の地を安住の地とした。

そしてその地を、惣市で手にした目出度き白布に因み、市布(現、福井県大野市東市布)と名付け、姓も京大原の原と藤原の原から「原」へ。

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白鳥の地において酒造を始めたのは、元文5年。

当時の当主、原左近衛門正繁は、目出度き白布に因み屋号を布屋と命名―(参考文献/福井大学所蔵「氏神由来書」より)

以来、この地で270年、連綿と銘酒造りが続けられている。

「ですから、義経に追われた藤原勝正から数え、私で39代目となります」。

825年前までも、ご先祖を遡ることが出来るとは、平民の家系育ちにとってまさに神話のような話でもある。

一方、元文さんは東京農大に学び家業へ。

「恩師が自然界の花から、酵母を分離する方法を確立されまして、家でも平成17年からその天然花酵母で仕込んだ清酒を造らせてもらってます。さあ大吟醸のなでしこの、絞りたてです。まあ何はともあれ一杯どうぞ」。

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なでしこの花酵母仕込みと、前宣伝が効いているからではなく、気品溢れる馨しい香りが馥郁と広がり、深い味わいが口中に醸し出される。

「女性に非常に人気があるんです」。

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花言葉は「純粋な愛」。

この大吟醸なでしこに酔えば、図らずも夢見の宴で、可憐に咲き乱れる花々に囲まれることであろう。

一方、270年連綿と受け継がれる主力の元文はといえば、まろやかな花酵母仕込とは異なり、コクがあって濃厚で味わい深い酒として、左党を唸らせ続けた名代の銘酒だ。

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「ところが酒の味は、その時代時代を反映しながら、微妙に変え続けているんです。例えば景気の良し悪し。景気が悪い時は甘口。酒が甘口ですと、あまり量を飲まなくて済みますから、懐も痛めません。一方、景気が良くなると、キリリとしたさわやかな辛口で、どんだけでもとことん飲めるようにと」。

世相は酒の味をも左右するのだ。

「ちょっと酒粕分けてくりょ」。

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店先で老婆の声がした。

「元文さんの酒粕で瓜をつけると、何とも言えんいい香りがして、コクがあって美味しく漬かるんやさ。お酒が美味いで、酒粕も上等やし」。

酒粕は、毎年7月から12月まで1㌔400円で店先に並ぶ。(2011.9.13時点)

「板粕をタンクに入れておくと、2月から3月くらいになると、酵素が生きてますからドロッとしてきて。だから酒粕も消費期限はありません。いつまでも酵素が生きていて腐りませんから」。

知る人ぞ知る元文の酒粕は、毎年売り切れ御免の商品だ。

「毎年楽しみにして、買いに来られる地元の人らがおられますから」。

武を持って世を制した徳川ですら265年。

一方、かの藤原一門から落ち延び、御仏の加護と白布の導きにより、この地で造り酒屋を営む布屋は、刃で民を押さえ込んだ武士(もののふ)どもの時代をも凌駕した。

元文さんは、決して伝統に驕ることなく、今日も先祖が遺した蔵で、美味しく育てと酒に語りかける。

それもこれも左党の「旨い!」と言う、たった一言のために。

布屋 原酒造場/郡上市白鳥町白鳥

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑳」への6件のフィードバック

  1. 酒粕は腐らないのですか。知らなかったです。粕汁作って残った酒粕は、味噌汁に加えて使ってました。しばらくは寒さが続くので、粕汁作ってみます。

    1. 冷蔵保存されていれば酒粕は随分長期保存できそうです。
      腐らないってことは、酒粕の中の菌が生きているのでしょうかねぇ。
      ぼくは豚のロースを漬け込んで、ポークソテーにしたことがありました。
      白鳥の方たちは、酒粕をストーブの上にアルミホイルを敷いて、そこで酒粕を焼いて醤油を垂らして熱燗の肴とされるそうですよ。

  2. 元文さんのお酒を
    リスナーさん仲間の方にお土産に買って行ったら
    美味しいと好評でした。
    また、呑みたいとの事だったので
    場所を教えてドライブがてら元文さんまで足を運んだそうです。
    私にはお酒の美味しさが分からん世界です~ぅ⤴
    今日は節分・・
    一刻も早くコロナの鬼を退治して貰いたいもんです。

    1. ドライブがてらお気に入りの酒蔵を巡るなんて、左党にとっちゃ至福の時間ですよねぇ。
      でも車の運転があると、試飲が出来ないのがちょっとねーっ。
      ぼくはやっぱり、長良川鉄道でグビグビ試飲できる態勢で出掛けちゃうでしょうねーっ。

  3. 原さんち家の酒粕は 一味違うんですよね~ (⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)⁠❤
    きゅうりを漬けたり お味噌汁に混ぜたり お酒のあてに そのままでも ♪♪♪
     (うふふふ! これは わたしだけ?)  

    さむ~い今の季節には 粕汁もイイナ~ 

    冷凍しても固まらないから 使いやすいですよっ (⁠ ⁠◜⁠‿⁠◝⁠ ⁠)⁠♡

    お酒 私は『月下美人』 『さくら』 ファンです。 

    板状の酒粕は ちょっと焦げ目がつくくらい焼いて 甘醤油を付けて・・・
    あ~ たべたーい!!! 探してみよ~  

    昨日は 節分でしたね  ෆ⁠╹⁠ ⁠.̮⁠ ⁠╹⁠ෆ
    以前 オカダさんが玉姓院さんで 豆まきされた時の写真がスマホに ♪♪♪
    今年は 3年ぶりに『つり込み祭』が行われたそうですね  ♡(⁠灬⁠º⁠‿⁠º⁠灬⁠)⁠♡ 

    1. ぼくも原文の「さくら」スキですねーっ。
      やっぱりキンキンに冷やしてキュ~ッと。
      玉姓院の節分会、懐かしいですねーっ。

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