毎日新聞「くりぱる」2004.12.26特集掲載②

素描(スケッチ)漫遊(まんゆう)(たん)

「熱田神宮界隈」

今回の「素描(スケッチ)漫遊(まんゆう)(たん)」は、あと5日余りで初詣客に賑う熱田神宮周辺へ。

写真は参考

年々正月気分が失われ行く昨今。

しかしこの町の何処かには、きっとまだ日本の正月らしさが、残っていることだろう。

大晦日の夜、母は決ってぼくの枕元に、まっさらのパンツとシャツに靴下を用意した。

我が家の家計の、景気の良し悪しは、そこに新品の上着とズボンがあるかないかで、子供ながらにおおよそ検討が付いたものだ。

元日の朝、父と母に手を引かれ、熱田神宮前の駅を降りると、晴れがましい初詣の正月気分も絶好調となる。

いや正確には、初詣に心がときめいたのではない。

運がよければ、いや母の機嫌が良いままだったら、帰り道の露天で、綿菓子やニッキのパイプが、買って貰えるかもしれないとの胸算用に、心が騒いだだけのことだろう。

写真は参考

しかしその前に一つだけ、どうにも怖くてたまらない箇所を通過しなければならないことを、ぼくは毎年の初詣で知っていた。

駅前から東門へと、人波に飲まれたまま道路を渡る。

狭い歩道のあちらこちらに、白い着物姿に軍隊の帽子を被った傷痍軍人の方々が、幸せそうに連れ立って歩く家族連れや、カップルを目で追うわけでもなく、ぼんやりとした視線を投げかけていた。

写真は参考

中には戦争で片手や片足を失った方もいた。

ぼくは子供ながらに、何ともせつない想いで一杯になり、元軍人の方たちを正視することなど出来なかった。

戦地に赴き無事帰還できた父は、通りすがりに軽く(こうべ)を垂れ、ポケットからわずかばかりの小銭を、こっそり差し出していた気がする。

写真は参考

その一角を通り過ぎると、父は小声で必ずぼくに囁いた。

「あの人らが戦地で失のうた、手や足の犠牲の上に、今の日本の繁栄があるんや。ええか、忘れたらあかんのやで」。

幼かったぼくには、先の大戦の是非などまったくわからなかった。

ただ子供心に、傷付いた元軍人さんの姿と、戦争の悲壮さを焼き付けたものだった。

敗戦から今年で60年。

神宮脇の歩道に、もうあの傷痍軍人の方々はいない。

一人また一人と、昭和の歴史の中へと還られたことだろう。

今年の初詣もきっと、平和な日本に生まれた、戦争を知らない者達で賑わいを見せる。

そして誰もが、家内安全・恋愛成就・合格祈願と、身の丈サイズの幸せを神に乞うことだろう。

でもどうか忘れないで欲しい。

この国にもわずか60年前には、戦争があったことを。

そしてこの国を護ろうと、命を投げ出された人たちがいたことを。

ぼくも今年の初詣は、自己中心的なお祈りに併せて、戦争で犠牲になられた先達へのお礼も、忘れないでおきたいと想う。

さあそれでは、5日後の大晦日から賑わいを見せる、名古屋市熱田区の神宮界隈を、一足お先にのんびりと漫ろ歩いてまいりましょう。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「毎日新聞「くりぱる」2004.12.26特集掲載②」への8件のフィードバック

  1. 熱田神宮か~ぁ⤴
    もう、数十年ご無沙汰しているけど
    思い浮かぶのが、妙に覚えている
    「♬やさしい森には~~神話が~ぁ♬」って歌
    そんな意味ではCMソングって大事だよねぇ ❢
    *大事と言えば・・
     オカミノファミリーの皆さんの安否
     昔は「便りのないのは良い便り」なんて事を言ってたけど
     そんな事言ったって心配は変わらないよねぇ⤴
     

    1. 人それぞれの人生を、各々必死に生き抜いているのですから、無理強いはしちゃあいけませんよねぇ。

  2. 子供心に片足の無い傷痍軍人さんは怖かったです。

    オカダさんは最近、熱田神宮に行きましたか?
    宮きしめんがキレイになっていたり、駅前のパレがuプラットに変わっていたりと驚きが一杯ですよ。

    1. 熱田さんの周りを通ることはありますが、もう4~5年はご神域に足を踏み入れちゃいませんねぇ。
      不信人ものですねぇ、まったく!

  3. 熱田神宮には振袖を着て
    姉と詣でました。
    中年のご夫婦にそれはそれは
    気に入ってもらえて 写真を撮って貰いました。懐かしいです。

    1. そいつぁーいいご体験でしたねぇ。
      熱田神宮は、ついつい亡き両親を思い出して仕方ない聖地です。

  4. ちょっと気持ちが沈んでいる時は 両親と初詣に訪れた 金神社や伊奈波神社行く事にしています ( ◜‿◝ )♡

    帰りは 高島屋さんでお菓子を買って 
    ハッピーな気分 ♡(ӦvӦ。) 

     ❖思い出しました❖

    幼少の頃 金神社や柳ケ瀬界隈で 戦争で手や足を犠牲にした元軍人さん達を見かけたとき 私も母に尋ねたことを!

    もう 二度と ・・・  
    プー◯◯ さん  早く やめて〰〰 
    (。•́︿•̀。)  おねが〰〰い 

    1. 人が人を殺める戦争という歴史は、いったい何のために彼の奴は望んで、自ら歴史上の極刑に処された戦犯となろうとしているのか、ぼくにゃあ全く理解に苦しんでしまうばかりです。

okadaminoru へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です