「三河wonder紀行⑩」

『こいつが極上!三河の明石焼きだぁ!』

2007.春 季刊誌掲載

鈍色の空。

冬枯れの田んぼ。

吹き抜ける北風に向かって駆け出す少年。

地面すれすれをのた打ち回っていた奴凧が、北風を孕み見る見る間に天空へと舞い上がる。

まるでその手応えを感じたように少年は、歩を止め身を翻し巧みに凧糸を操った。

半ズボンから覗く膝頭は真っ白。

穴ぼこの開いたチンチクリンのセーターには、冬の腕白小僧の勲章「盗人萩(ぬすびとはぎ)」の茶色い種子がワンサカ。

袖口にはコッペコペに乾き切った鼻水模様。

昭和半ばの正月休みといえば、あちらこちらでそんな少年たちを見かけたものだ。

刈谷市井ヶ谷町の喫茶店の窓から、かつては一面に広がっていたであろう在りし日の田んぼと、そこを我が物顔で駆け回ったであろう、昭和の腕白小僧たちに心を馳せながら独り言をつぶやいた。

すると「わしもその腕白小僧の慣れの果てだて」。

喫茶田園のマスター、清水和治さん(56)がカウンター越しに笑った。

写真は参考

「あの頃はみんなそんなもんだったって!正月だろうが真夏だろうが。半ズボン一つで朝から晩まで駆けずり回ったもんだて」。

腕白小僧の大先輩とすっかり意気投合。

「カッチン玉にペッシャン、缶蹴りにケンケンパ!まあかん!やりたくなって来てまうって。あんたとは何だか話も合うで、まあこれでも食べてきゃあ」。

そう言ったかと思った瞬間、和治さんは銅板のたこ焼きマシンの上に、手前が低くなった台をひっくり返して合わせ、たこ焼きマシンごとでんぐり返し。

マシンをそっと持ち上げれば、台の上には8つの明石焼きがプルルン。

鰹・昆布・醤油・味醂・酒に紅生姜の隠し味。

出し汁に浸して「いただきま~す!」。

写真は参考

ハフハフを頬張れば言葉にならないほどの旨さが広がる!

蛸も親指の第一関節ほどあろうかと言う、大胆過ぎるブツ切り。

卵色したフワフワの皮の中からプリプリの蛸が、ほっかほかの湯気と共に姿を現した。

写真は参考

「見栄張ってあんたの蛸だけ、特別大きくしたんじゃないでね!」。

喫茶店なのに明石焼き?

しかもお食事らしきメニューは、たこ焼きシリーズだけ。

シンプルなたこ焼きは400円。

明石焼きとミックス焼きが500円。

「このミックス焼きは、チーズ・ベーコン・コーンを入れたもんで、まあ邪道と言えば邪道。まるでわしの人生そのまんまだて」。

和治さんは次男として豊田市で誕生。

大阪の大学へと進学した。

しかし2年後、警察の機動隊員であった兄が殉職。

「すきなことやらせたるで」と言う父の言葉を鵜吞みに帰郷。

翌年、高校時代に見初めた一つ年下の美千代さん(55)と所帯を構えた。

「何にも知らんと騙されて、もう35年だもん」。

カウンターの中で妻が苦笑。

「オヤジが『豊田の実家の辺りだと、みんなに迷惑がかかるで』って、それで愛知教育大学が出来たもんでここへやって来たんだわ」。

一階がビリヤードと喫茶、二階が雀荘。

親許を離れた学生たちで大いに賑わった。

「それから12~13年してからだて。見よう見真似でたこ焼き焼くようになったんわ。なぁ、母さん」。

和治さんは妻を振り返った。

「それが三河の明石焼きの始まり!」。

妻が慣れた手付きで銅板をひっくり返した。

「元々明石では蛸がようけ獲れたもんで、玉子焼きに包んで焼いたのが明石焼きの始まりらしいわ。だで卵の量が命だって」。

写真は参考

和治さんのモットーは、“他人に厳しく自分に甘く”とか。

「なぁ~んだ、ぼくと一緒じゃん!」。

「ほおかぁ、あんたもかぁ」。

すっかりまたしても意気投合。

が、しかし!

あたかも“ああぁ~っ、何たる嘆かわしさ”と、そんな奥方様の心の声が聞こえた気がしてならなかった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「三河wonder紀行⑩」」への10件のフィードバック

  1. 美味しそうですね。
    いつの間にやら猫舌になってしまいましたから「はふはふ」して いただきたいです。

    1. 口の中が火傷しちゃうくらいアツアツですからねぇ。
      でも冷めちゃったら美味しさも半減しちゃいますよねぇ。

  2. たこ焼きと違って、明石焼きはなかなか食べる機会は無いけれど、熱々をハフハフして食べたぁ〜い。あっ!わたし、猫舌だった(@_@;)

    1. ぼくもどっちかって言うと猫舌ですが、口の中が火傷してもやっぱり食べたくなるものです。

  3. たこ焼きと言えば・・
    岐阜市民が知る人ぞ知る❢
    「だいちゃんたこ焼き」
    この、たこ焼き屋さんは、車での移動販売
    いつ?何処へ?現れるか?神出鬼没❢
    人生67年生きて来て
    本当に美味い❢
    たこ焼きの中身が「トロッロ」
    熱々❢口の中やけど覚悟でフゥフゥ言って頬張る❢
    オカダさんに一度食べて貰いたい・・
    火傷しても自己責任でねぇ⤴

    1. 「だいちゃんたこ焼き」って知りませんでしたねぇ。
      でもいつどこで出逢えてもいいように、お腹をたこ焼きモードにして、突然出くわしても慌てず迷わず買い求めなきゃいけませんねぇ。

  4. ??  だいちゃんたこ焼き ??

    落ち武者殿と同じ 岐阜市生まれ岐阜市育ちのわたし 大ちゃんたこ焼きは知りませんでした :'(O_o;-) 

    明石焼きは 20年近く前 旅行先で一度だけ明石焼き専門店で食べた事がありますが、三河にも明石焼きがあったんですね~  
     ෆ╹ .̮ ╹ෆ  

    蛸焼きせんべいがあるから うんうん!   なっとく〜 ❣️ 

    1. だいちゃんたこ焼きって、なんだか妙に気になりますよねぇ?
      お醤油味なのか、ソース味なのか?
      ぼくは子どもの頃3個10円で、書道教室の後に買って貰っていた、たこ焼きの中からドロット温まった醤油の塊が出て来る、そんなたこ焼きをもう一度食べてみたいものです。

  5. 近所のアピタに明石焼きのお店があるのに なかなか食べる機会がなくて…。
    でも 寒い日にハフハフしながら食べると身体もあったまるんだよなぁ〜( ◠‿◠ )
    初めて食べた時は どうしてもたこ焼きの概念を持ちながらだったので 一瞬「えっ?」って思ったけど ほんわかして優しい味だなぁ〜って思ったものです。
    久し振りにお店に行って来ま〜す。

    1. たこ焼きと明石焼きは、やっぱり似ているようでも明らかに別物ですよねぇ。

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