Gifu Poem「鮎の一夜干し 岐阜大仏」と「昭和懐古奇譚」(2012.06新聞掲載)

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梅雨の晴れ間を待ちかねて 鮎を開いて一夜干し

軒の(あみ)(かご)眺めやり 宵も来ぬのに(から)手酌(てじゃく)

炭火で(あぶ)りゃ薫り立つ 長良の鮎の香ばしさ

さすがに籠の大仏も こりゃ堪らぬと南無阿弥陀

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「柳行李と総入れ歯」

「あんたの夏もんは、押入れの柳行李(やなぎごうり)の中やて。行李の横の名札入れに、父ってマジックインキ(インクではなく、母はこの世を去るまでインキと、頑なにそう呼び続けた)で書いたるわ」。

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梅雨入り前の衣替え。

日曜の朝から部屋中に、樟脳(しょうのう)の臭いが立ち込めた。

飴色に焼けた年代物の柳行李は、丈夫で通気性が良い。

湿気の多いこの国の風土に適した、高級桐箪笥にも劣らぬ傑作。

しかし高度経済成長と共に、庶民の暮らしにも、安っぽいデコラ張りの洋服箪笥や、プラスチック製の収納ケースが蔓延(はびこ)り、柳行李は姿を消した。

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「うわぁぁぁ~っ!」。

突然、父の腑抜けた声がした。

押入れから柳行李が引きずり出され、上蓋は開いたまま。

その傍らで父が尻餅を付いている。

「ちょっと!なに大声張り上げとるの!」。

何事かと訝る母と行李の中を覗き込んだ。

すると肝油のブリキ缶の蓋が開き、中からガッと口を開いた総入れ歯が、転がり出ているではないか。

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この事件より遡ること半年。

父が病で入院し母が付き添うことに。

ぼく一人を家に置いてはおけぬと、母方の祖母がやって来た。

一尺(約30センチ)四方の、小振りな持ち運び用の柳行李を抱えて。

祖母との生活は、2週間ほど続いた。

待ち焦がれた父の退院の夜。

看病疲れで台所に立つ気力も無いと、渋ちんの母にしちゃあ滅法贅沢な、寿司屋の出前で快気祝い。

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やがて祖母と母の二人は、お銚子を空にしすっかり赤ら顔。

病み上がりの父は、そそくさと寝床へと引き上げた。

しばらくすると、座敷でごろ寝の祖母と母が、高鼾合戦を開始。

起き出す気配も無いので、ぼくは仕方無く鮨桶を片付け始めた。

すると空の湯呑みに祖母の総入れ歯が。

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実に習慣とは恐ろしい。

酔っ払っても寝入る前に、誤飲せぬ様入れ歯を外したのだ。

ぼくは祖母の褒美を当て擦り、入れ歯を洗い肝油の空き缶に入れ、ご丁寧に祖母の行李の中へと片付けた。

そこへ祖母と同居する叔父が、迎えにやって来たのだ。

叔父は祖母の荷物を行李にまとめ込み、酔っぱらった祖母を抱きかかえるようにして車に乗せた。

祖母が帰ると行李のあった場所に、肝油の缶だけがポツン。

「しまった!」。

しかし、時既に遅し。

このままでは、入れ歯の行方を巡り有らぬ疑いが向けられる。

そう瞬時に判断したぼくは、母を起こさぬようそっと押入れを開け、父の行李の中へと肝油の缶を隠したのだ。

翌日叔父から、入れ歯を忘れてないかと連絡が。

しかし母は寝入っていたため、一連の事情も知らず、入れ歯の行方は杳(よう)として知れぬまま、やがてうやむやとなりお宮入り。

ぼくは大事に至らずこれ幸いとばかりに、すっかり後の始末も怠ったまま半年が過ぎた。

そこへもって、寝耳に水の衣替えである。

ついに動かぬ証拠を衝き付けられ、ぼくはもう何の申し開きも出来ず、ありがたく拳骨を頂戴する以外、成す術も無かった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「Gifu Poem「鮎の一夜干し 岐阜大仏」と「昭和懐古奇譚」(2012.06新聞掲載)」への6件のフィードバック

  1. 飴色の柳行李 ありました〜 ありました〜 (. ❛ ᴗ ❛.)  

    実家にも、魚の行商をしていた祖母の家にも、そして板前さん達の部屋の押入れに入ってましたよ  ( ◜‿◝ )♡ 

    衣替え❢ 
    先月秋めいて来た時、いつものように夏物を手洗いし 秋物へ衣替 ★ 

    でも 今年は ちょっと早すぎた〰〰〰 
    (。•́︿•̀。)

    我が家も ずっと ずっと 樟脳は欠かせませ〜ん (お嫁ちゃんも 使い始めました)

    最近は 無臭タイプですけどね 〜 ❣️

    入れ歯事件 大変でしたね (◠‿・)—☆  
    父は ずっと湯呑みに ドボ〜ン 

    1. 衣替えからしばらくの間、樟脳の匂いが消えなくって、鼻に着いちゃったものでした。

  2. 今日も暑かった!
    このまま行くと12月はどんな気温になるのか?
    冬は来るのか?雪は降るのか?
    まぁ~⤴
    冬は冬らしく来てくれる事を祈るばかりです。

    1. 本当にTシャツ一枚の日々が、未だに続いてますもの。
      まあ、洗濯物が少なくって助かりますけどねぇ。

  3. 蓋を開けたら入れ歯が!
    これは 事件ですよ!(笑)
    笑わせてもらいました。
    でも おばあちゃんは 大変だったでしょうね。また新しく入れ歯を作ったんですよね⁈
    オカダ少年 悪よの〜( ◠‿◠ )

    1. 祖母と同居していた叔父が慌てて取りに来たものです。
      新たに総入れ歯を作り直したら、そりゃあもうまた散財することになってしまいますからねぇ。

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