「天職一芸~あの日のPoem 439」

今日の「天職人」は、岐阜県飛騨市古川町の「榑葺くれぶき職人」。(平成23年10月22日毎日新聞掲載)

飛騨の山々色付けば どこもかしこも冬支度           雪の便りが来ぬうちに 小屋に榑葺(くれふ)く男衆            爺が起用に榑をへぎゃ 子らが我先奪い合う           屋根の父へと手渡せば 小屋の中から牛の声

岐阜県飛騨市古川町の榑葺くれぶき職人、山口末蔵さんを訪ねた。

ミシッ ミシミシ ミシッ―

土の香りが漂う、古民家の土間。

老職人は、二尺四寸に落とした栗材を、おもむろに火で炙り、柄から直角に刃が延びる万力と呼ぶ鉈で、榑へぎ(屋根葺き用に材木を薄く剥ぐ)を続ける。

写真は参考

「火で炙って粘りを出したると、へぎ易いんやさ。冬は材が凍みた方がよお割れるし」。

末蔵さんは昭和2(1927)年、6人兄弟の末子として誕生。

尋常小学校が国民学校へと改称された年に高等科を卒業。

しかし右目に角膜炎を患い、3年も医者通いの日々。

その甲斐があり、失明は免れた。

昭和22年、榑葺き職人の親方に弟子入りし、3年間の奉公へ。

だがやっと修業を終えた頃には、トタン屋根や瓦屋根が急速に普及。

火災に弱い榑葺き屋根は減少の憂き目に。

「何しろ喰うてかなかんで、百姓しながら土木工事や鉄工所に石垣作り、それに乳製品の運搬やら、何でもせよった」。

昭和30年、しげさんを妻に迎え、やがて一男二女が誕生。

末蔵さんの一家に、元気な子どもたちの笑い声が響いた。

しかしそんな小さな幸せに、水を指すような出来事が襲いかかる。

「乳製品の配達途中、車で事故を起こし、障害を抱えてまったんやさ」。

重労働の出来なくなった末蔵さんに、知人が手を差し伸べた。

「遊技場の景品交換の仕事やさ。今も続けさせてまっとるんやて」。

すると今度は、同県高山市の観光施設「飛騨の里」から声が掛かった。

「56歳の時やった。榑へぎの実演してくれと」。

昭和58年から、旧中藪家の古民家を舞台に、末蔵さんの実演が今も続く。(4~10月)

榑へぎ作業は、なにはともあれ木材の確保から。

「榑葺きには、自生しとる栗の木が一番ええ。水に強いし腐らん。特に平らなところでしとなった(成長した)木は、芯が真ん中や。素性のいい木は、ひびれもええ(割れが入り易い)。だいたい100~150年の樹齢、直径20~30センチで、節も無く、すべらかい(美しい)のがええ」。

まず丸太をがんど(のこ)で二尺五寸に落とす。

「仕上げが二尺四寸やで。唾けの代わりに盥水しぶいて」。

次に丸太に楔を打ち入れ、両刃の大鉈で4分割へ。

さらに細かく割り、火で炙る。

そして立てた材に万力の刃を入れ、半分くらいまで両手両足を使い、柄と刃を梃子にして、そのままへぎながら万力で舵を取り割り進む。

「厚さ約2.5センチの材を、3枚の奇数で割れるようになりゃあ、やっと一人前やさ」。

後は小さな鎌で曲がりを調整し、ソバ鉈で仕上げる。

「だいたい巾が8寸になるように組み合わせ、榑葺き用に束ねとくんやさ」。

飛騨の山間に、もうすぐ冬がやって来る。

一昔も前のことなら、屋根に上った榑葺き職人を見かけただろう。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 439」」への8件のフィードバック

  1. 茅葺きは知ってますが榑葺きは初めて。でも、薄い板が幾重にも重なった屋根なら見た事はあるけど、ひょっとしてそれの事かしら。

    1. きっと大きなくくりで言えば、きっと榑葺き同様の屋根じゃないでしょうか?

  2. 「天職一芸〜あの日のpoem439」
    「榑葺き職人」
    木の香りがしてきそうです。
    栗の木が使われているとは思いもよりませんでした。 
    飛騨の里 見ているとますます行きたくなりますね。ワイドビュー飛騨を見かけると
    思わず手を振ってしまいます。

    1. 早くコロナが収束したら、何より出かけたいのは、やっぱり飛騨の高山や古川ですねぇ。

  3. オカダさんは古民家で田舎暮らし出来る?
    まぁ~⤴ビールがあればどこでもイイかぁ!
    都会に住む人は田舎暮らしに憧れて移住するって聞くけど!
    私自身はムリだと思う!
    下水道がちゃんとしてないとダメ!
    温水トイレでないと絶対!ダメ!
    贅沢だと思うけど・・こればかりは譲れない!
    でもさぁ~⤴
    いつか「沖縄」へ移住したいと思っています。
    そんな日が来たら、オカダさん遊びに来てねぇ!
    勿論!オカミノファミリーの皆さんもだよぉ!
    大歓迎!

    1. ちゃんとオリオンビールを沢山冷やしといてくれたら、もうそれだけで大感激!
      あとはスパムがあれば最高!
      でも・・・ミミガーとかはちょっと・・・。

  4. 小さい頃 九州の祖父母の家に行った時 ご近所で見かけた事はあります。空き家だったり 倉庫代わりになってました。
    榑葺きや茅葺きの建物って 住んでない私から見ると ” わ〜!なんだかほっこりしちゃう ” って安易に思っちゃうけど 実際に住むとなると 維持していく為のご苦労は大変なんだろうなぁ〜って思いますね。

    1. 昔はご近所の皆さんが協力して、今年の茅葺の吹き替えはどこそこの家で、来年はあそこの家でと決まっていて、ご近所中で協力し合って吹き替えたそうですものねぇ。
      今となっては中々維持管理も難しいでしょうねぇ。

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