「天職一芸~あの日のPoem 433」

今日の「天職人」は、岐阜県中津川市坂下の「薩摩琵琶職人」。(平成23年9月10日毎日新聞掲載)

庭の松虫チンチロリン 嗄れ声した琵琶法師           栄華盛衰平家節 ベベンと語りゃ月翳る             わが世の春と浮かれても やがて散り往く世の定め        池の畔の彼岸花 月に浮かんで雲隠れ

岐阜県中津川市坂下の工房森の子。薩摩琵琶職人の松井宏一さんを訪ねた。

ベベン ベベベーン

夏を惜しむ蝉の鳴き声に混じり、心を揺さぶる琵琶の音が低く鳴り響く。

「これが()(げん)四柱(しちゅう)の薩摩琵琶や。ベベ~ンと震える弦と()の触り具合で、琵琶の良し悪しが決まるだ」。

宏一さんは昭和19(1944)年、4人兄弟の長男として誕生。

大学を出ると名古屋の自動車販売会社に就職。

昭和42年、同じ職場の事務員だった、芳恵さんと結ばれ3男が誕生。

昭和49年、車販売に見切りをつけ、生保の外交職へと転じた。

しかし3年後、一家で郷里へ引き上げ、叔父の営む木工場へ。

「子どもの頃から、手仕事が好きやったで」。

昭和58年ついに独立開業。

時計の木枠や、子供向けの木の玩具、注文家具などの木工品を手掛けた。

「知り合いの牧師さんに頼まれて、教会の祭壇作ったり。根がスケベだもんで、何でもやった」。

平成3年、新たな出逢いが訪れた。

「『新しい大正琴考えたで、胴体作ってくれ』と。そんなもん楽器屋に頼んだらどうやって言うと、『アイデアを楽器屋に取られたら困るで』だと」。

それから何度か試作を繰り返し、ついに平成6年商品化へ。

「桐材の大正琴を作りたかったで、大量の注文をあてにして、よおけ材料仕入れただ」。

ところがたったの20本ほどで注文は打ち切られた。

「材がようけ残ってまって。大正琴は単音しか出せんで、和音の出せる13弦のミニ琴作るかと」。

逆境を物ともせず、新製品の開発へと試作を続けた。平成12年、ついに長さ78センチ、和音を奏でるミニ琴「セミリオン」を完成。

「名付け親は、教会の祭壇を注文してくれた、牧師さんやわ」。

音の出る木製品の魅力に獲り憑かれていった。

平成18年、人を介して薩摩琵琶の先生から、低価格の練習用薩摩琵琶の依頼が舞い込んだ。

「先生が本物の薩摩琵琶を持って来て、ここで弾いただ。そしたら鳥肌が立って、魂が震えてまって」。

専門書と首っ丈で、半年後に2本の見本を仕上げた。

薩摩琵琶作りは、山桜で胴と腹板を木取ることに始まる。

胴を彫り曲面を削り、渡しと魂柱(こんちゅう)を嵌め込む。

次に腹板をストーブの上で煮立て、湾曲させたまま2ヶ月間乾燥。

続いて胴と貼り合せ、1週間乾燥させる。

そして糸巻きを取り付け、弦の付け根の覆手(ふくじゅ)に、サウンドホールに当る隠月を開け、半月の象嵌を施す。

最後に絹糸を張り、()を取り付ければ完成。

惜しげも無い時間が費やされる。

海老(えび)()に猪の目、(とり)(ぐち)、隠月、半月。琵琶の部位や飾りの名前やけど、どれも自然からお借りした、風情のあるええ名前やて」。

薩摩琵琶に調弦の標準音は無いのだとか。

「語る人の声の高さに合わせるんやで」。

ベベンと響く一撥の音。

耳を澄ませば、(がく)琵琶(びわ)が渡来した奈良の都に佇むようだ。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 433」」への17件のフィードバック

    1. ぼくなんて未だにギターすら満足に弾けないのに、とても琵琶なんてムリ!

  1. この職人の松井さん
    凄いですねぇ!
    もの凄く前向きで・・きっと試行錯誤ばかりだったでしょう!
    尊敬するな~~ぁ⤴
    私だったらスグにくじける到底真似できない!
    でもねぇ!
    このコロナ禍、いつの日か「ほろ酔いライブ」開催出来るように!
    粘り強く待ちたいと思います。

    1. モノづくりに注ぐ情熱って素晴らしいものがありますよねぇ。
      ぼくも皆さんの前で唄いたくって唄いたくって仕方ないような、そんな日々が再び訪れることを祈っています!

  2. 練習用でも琵琶は琵琶。専門書を読んで作り上げるとは何と器用な人⤴️
    私なんぞ、折り紙を本を見ながら織っても完成に至らない事多し(°ー°〃)

    1. 岐阜県はさすが木の国だけあって、木を熟知していればこその匠が多いですからねぇ。

  3. なんだか手を伸ばして触れて そして 少し奏でてみたくなるような あったかオーラ満載の楽器ですね。
    語る人にそっと寄り添い この楽器もが語り部なのかも。( ◠‿◠ )

    1. ついつい薩摩琵琶って言うと、耳なし芳一を思い出してしまうんですよねぇ。
      耳なし芳一の本を、子どもの頃読んで怖かったのが思い出されちゃいます。

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