「天職一芸~あの日のPoem 369」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市若遠町の「武道具商」。(平成22年5月15日毎日新聞掲載)

蹲踞(そんきょ)に構え切っ先の ただ一点に気を遣れば           世事の雑念霧散して 「始め」の声も颯然と          鯉口(こいぐち)切って斬り結ぶ 武士(もののふ)たちの世は昔             されど竹刀を交えれば 戦の(とき)の声がする

岐阜県高山市若遠町の武道具専門店、栄光堂の主、古橋節次さんを訪ねた。

写真は参考

昭和半ばの路地裏で、必ず目にした光景。

それは少年剣士たちのチャンバラごっこだ。

汗で黄ばんだランニングシャツに半ズボン、真っ黒に汚れたズック姿。

道端に枯れ枝の一本でもあれば、誰もがテレビのヒーローに成り得た時代だ。

「そうやさ。ほんなもん今は、チャンバラごっこしとる子なんて、どこにもおらへんろう」。節次さんは、表通りの小路を見詰めた。

節次さんは昭和18(1943)年の誕生。

高校を出ると、地元の造り酒屋の営業職に就いた。

「高3の時の夏休みに、東京で職業実習に20日ほど行ったんやさ。そしたら東京の暑さに耐え切れんでな。こんなとこよう住めんわって、地元で職を探したんやさ」。

それから10年、いつか自分の酒屋を持つ夢を携え、身を粉にしながら営業に勤しんだ。

「でも当時は酒の販売も免許制やったでな。それがなかなか簡単には、許可を貰えんのやさ」。

大きな壁が立ちはだかった。

「自分が何をすべきか、ほとほと悩んだもんやさ。で、そん時思ったんや。子どもの頃からの特技を活かしたろうって」。

節次さんは小学5年から、今も剣道を続けている。

昭和46年、造り酒屋を辞し、開業資金を借り入れ、剣道、柔道、空手を専門とする武道具屋を開業。

「飛騨一円に武道具の専門店なんて、当時も今もなかったもんやで」。

しかし販売だけでは、一度売ればそれまで。

ところが道具は、練習に励めば励むほど傷むのも定め。

籠手(こて)の内側の革の張替えや、竹刀の(つる)紐の取替え、ささくれ立ったり割れた竹の取替えとか。修理に関しては全くの素人やったで、取引先や職人の店に通って、見よう見真似やさ」。

写真は参考

開業から2年目の冬。

友人と志賀高原へ、スキーのバス旅行に出掛けた。

「一つ前の席に可愛い娘がおったんやさ」。

それが縁で、せつ子さんと結ばれ、二男一女を授かった。

竹刀の長さは身長により、3尺6寸から9寸までの4段階に分かれる。

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長さに応じて縦割りにされた竹を4本合わせ、柄革と先革(さきがわ)で覆い、剣先から鯉口まで弦紐を張り、中じめで止める。

「弦を張った方を刀の峰と見立てるんやさ」。

最後に鍔と鍔止めを固定すれば完了。

節次さんは、剣道5段に、無双直伝英信流居合8段の凄腕の持ち主。

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だが表情は、春の陽だまりのように穏やかだ。

「今でも警察の道場借りて週に2回、近所の小中学生集めて、剣道教室を開いとるんやさ」。

開業から間も無く40年、剣道を通じ礼儀礼節作法、そして精神修養の場として、青少年を見守り続けてきた。

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「竹刀を抜いて蹲踞に構え、切っ先を合わす瞬間が肝心。切っ先がぶれとりゃ、雑念に惑わされとる証拠や。そんなん『始め!』の掛け声の時点で既に『勝負あり!』やさ」。

節次さんの()竹刀(がたな)が、上段から空を斬り裂いた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 369」」への11件のフィードバック

  1. 竹刀は触った事はあるけれど「め〜ん!」と、剣道の真似事すらしたことが無かったな。

    1. ぼくらの子どもの頃は、枯れ枝があれば、もうチャンバラゴッコでしたよ!
      でもみんな正義の味方ばかりだから、斬っても斬っても誰一人死にませんでしたぁ!

  2. 剣道と言えば
    今じゃ!千葉県知事「森田健作さん」
    「俺は男だ!」ですねぇ!
    「オ~イ吉川君(早瀬久美)!何だ!君は・・・⤴」
    夕陽に向かって走る・・・定番だったけど
    面白かったなぁ~⤴
    わたくしこう見えて一度も剣道やった事がありません!
    体育の授業もなかった!
    箸より長い物重たい物持った事がないのですぅ!

    1. ぼくは中学1年の頃、剣道部に束の間ですが入部したことがありましたが・・・。
      わずか一月足らずで退部!
      その訳は?
      そうです、あの防具の面と籠手の、あの汗臭さが堪らなかったからですぅ!

  3. そうです。私は高校時代の体育の授業で剣道が必須でした。籠手のにおいはともかく、面は誰がかぶったか知れず、汗臭くて被った瞬間に悶絶しました。籠手を撃たれる際、下手なジンだと防具がないところを強打されて、泣きました。

    1. やっぱり!
      今思えば、荒っぽいほど汚らしい、防具の管理だったかも知れませんよねぇ。

  4. 1番ぽっちゃりしていた中学時代 憧れの先輩が 剣道部だったので 放課後は毎日体育館を覗いてました〜 (✯ᴗ✯) 
    頭に 手ぬぐいを巻く姿が 胸キュン❣️

    扉は全開だったのに ちょっと臭ったかも??? 

    父親の部屋の片隅に竹刀が置いてありましたよ 〰   
    どろぼうさんが来たら 立ち向かうつもりだったのかしら〜    

    1. あらあら、これまた甘酸っぱさが立ち込めそうな青春の一ページですねぇ!
      ちょっと匂ったかもしれない汗の匂いも、青春時代ならではの馨しさかも知れませんよねぇ。

  5. 剣道って 一度も間近で見た事がないけど 『礼に始まり礼に終わる』の精神でビシッとしそうですよね。
    背中に一本スッと筋が通ったような 剣道や弓道や空手 惹かれるなぁ。
    若い時にトライすればよかった( ◠‿◠ )

    1. そう言われれば、確かにいずれもそれなりに極めた方がやっている姿には、「凛」とした空気を感じますものねぇ。
      特に弓道の女性の射手が微動だにせず、的の一点だけを見詰め、弓弦を一杯に引き絞る姿には見惚れてしまうものがあります。

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