「天職一芸~あの日のPoem 366」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市赤保木町の「飛騨の赤巻き職人」。(平成22年4月17日毎日新聞掲載)

膳が並んだ大広間 白無垢姿姉ちゃんが             上座で今日はすまし顔 叔父のめでたに声合わせ         鯛に天麩羅山の幸 どれもご馳走迷い箸             だけど一番好物は 「の」の字赤巻き蒲鉾や

岐阜県高山市赤保木町の坂井かまぼこ店、赤巻き職人の坂井宏司ひろしさんを訪ねた。

写真は参考

春の山王祭が終わったばかりの岐阜県高山市。

やっと山々に囲まれた町のあちらこちらで、春らしさが息吹始めた。

町の中心からわずかに外れた、田畑の広がる閑静な一画。

そこに控えめな看板を掲げた、目当ての店はあった。

そっとガラス戸から中をのぞき込む。

天井から回転式の、大きな木製の物干しが吊り下がっている。

なんと洗いたての真っ赤な越中褌が、傍らから扇風機の風にヒラヒラと揺れているではないか?

思わず店を間違えたかと、もう一度看板を見上げた。

「これは赤褌とは違がいますに。『の』の字の赤巻きゆうて、昔から飛騨の人らが食べはる蒲鉾ですんさ」。宏司さんは、左官の鏝のような長細い包丁で、赤い蒲鉾ダネをステンレス製の鏝板に延ばしながら大笑い。

写真は参考

「その赤巻きの赤の方を干して、白と合わせて『の』の字に巻くよに仕込むんやさ」。

傍らの蒸籠から、蒸し上がったばかりの鏝板を母怜子さんは取り上げ、厚さ3ミリほどの赤い蒲鉾を剥がし取り、ビラビラの状態のまま器用に物干しへと吊り下げた。

宏司さんは昭和39(1964)年、2人姉弟の長男として誕生。

高校を出ると、同市にあった蒲鉾屋へ見習い修業に。

「店の跡継ぎがおらんで、やがて店が持てるゆうて」。

平成2年に26歳の若さで独立開業。

主力商品は、北陸から飛騨一円で好まれる「赤巻き」と「白蒲」。

「赤巻き」とは、食紅で着色した赤のすり身に、白のすり身を肉厚に塗り延ばし、それを「の」の字に巻き上げたもの。

一方の「白蒲」は、底板のない無着色の蒲鉾。

いずれも凝固剤や保存料は一切使用されず、噛んだ時にキュッキュッと鳴るあの嫌な音も無く、ふんわりもっちりと心地よい。

飛騨で唯一の「赤巻き」作りは、北海道産のタラの切り身に鰹節、味醂、塩を加え、石臼で磨り潰し、紅白それぞれのすり身にする作業に始まる(赤のすり身には、調味料と共に食紅を加える)。

次は鏝板に赤のすり身を、練り庖丁で3㍉ほどの厚さに塗り延ばし、蒸籠で蒸し上げる。

そして鏝板から赤のすり身を剥ぎ取り、物干しに吊るして冷まし2日間冷蔵。それを3分の1に裁断し、白のすり身を厚さ5㍉に塗り延ばし、「の」の字に巻いて20分蒸し上げれば完成。

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「火で軽く炙って、わさび醤油で食べると、これがまた酒とよう合うんやさ」。

宏司さんが左手で盃を煽る真似をした。

「赤巻きが紅白でめでたいで、昔は結婚式の折り詰めに使ってもらえたんさ。でももう今はあかん」。母はこっそり溜め息をついた。

「人様のお祝いばっかり作っとるでか、未だに嫁の来てがおらんのやで。まあはよ嫁貰ってまわんと、私ももう年やでな」。

我が春忘れ、「の」の字一筋20年。

飛騨の赤巻き職人に、季節はずれの春よ来い!

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 366」」への10件のフィードバック

  1. 年末になると普段はお目に掛らない蒲鉾がスーパーに並びます。大きさも違いお値段もこれまた高い。つい奮発して買っちゃいますが あれって何が違うんだろう?

    1. 素人のぼくが言うのは僭越ですが、すり身に使っている白身魚によるように思います。
      鯛だけの練り物が王様で、近海ものの白身の雑魚を混ぜたものや、輸入品の白身魚や深海魚などを混ぜたものなどによって、自ずと値段の違いが生じているんじゃないでしょうか?

  2. 練り物好きにはたまりませんねぇ!
    「おでん」なんか大好き⤴
    我が家は「みそおでん」「関東風おでん」両方作ってくれます。
    オカダさんはどっち派?
    私も、練り物の様な男になりたいもんです!
    えっ?
    練り物ような男とは・・味のある男だよぉ!

    1. 家はもっぱら関東煮の方ですねぇ。
      でも居酒屋では、あの甘っ辛い味噌おでんやどて煮を注文しちゃいますけどね。
      味のある男かぁ!!!
      ぼくも落ち武者殿を見習わねば!

  3. そうそう、写真のような中華そばに入っていましたね!でも、赤巻きという名前は初めて知りました。歯応えが良くて美味しくて最後の方に食べていました。
    結婚式の折詰も懐かしいですね。確かに紅白の蒲鉾が入ってました。下の段がお赤飯で上の段が、蓋が盛り上がっている、ごっつぉ!でしたね。
    もういっぺん食べてみたいなぁ!

    1. もうとんと結婚式の引き出物の折り詰めって見かけませんよねぇ。
      それなりに一つ一つに縁起が込められていたのにねぇ。

    1. えっ、なんで飛騨の赤巻きが「仮面の忍者赤影」???
      もしかして「青影」が鼻の先に親指を当て、片手をジャンケンのパーの状態にして反転させ「大丈夫」というアレのことですか?
      謎か深まるなぁ。

  4. どこを切っても「の」の字。
    まるで金太郎飴みたい。( ◠‿◠ )
    紅白の蒲鉾や松竹梅などの絵柄が入ってる蒲鉾があるわけだから こういう蒲鉾があっても不思議ではないんだけど 私にとって これまたお初の物だから やっぱり不思議(笑)
    一瞬 「なると?」 って思ったけど「なると とは 紅白が逆だ!」と 瞬時に頭の中で問いと答えが駆け巡りました(大笑)

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