「天職一芸~あの日のPoem 329」

今日の「天職人」は、岐阜県高山市の奥飛騨温泉郷、「奥飛騨山椒粉職人」。 (平成21年7月15日毎日新聞掲載)

夏も盛りの丑の日は 父の帰りを待ち侘びた           母は手拭い鉢巻きで 七輪熾し鰻焼く              炭火に爆ぜる醤油の香 ちょいと一振り粉山椒          勢い余り振り過ぎりゃ 舌が朝までピーリピリ

岐阜県高山市の奥飛騨温泉郷、飛騨山椒の二代目、内藤一彦さんを訪ねた。

土用の丑の日が近付くと、つい昔の母の台詞を思い出す。

「まだお父さんの給料前だでね」と。

つまり毎年異なる丑の日が、父の給料日の前か後かによって、我が家の鰻丼に盛られる、その年の切り身の数が異なった。

「この尻尾が一番美味いんだわ」。

母は毎年そう言って、真ん中の立派な身を、父とぼくとに取り分けたものだ。

「鰻は、今も昔も高級品やでね。まあどうぞ一つ味を見てください」。

鰻屋の座敷で、男は鰻丼と共に山椒粉と書かれた、緑入りの丸い缶を差し出した。

味を見るのは鰻の蒲焼ではない。

緑色の缶に入った、山椒粉の方だ。

「味を見てもらうにも、山椒の粉だけっちゅうわけに行きませんし」。

四方を小高い山に囲まれた、高原川に沿う静寂の里。

周りには、収穫を目前に控え、たわわに実を付けた山椒の木が、真夏の太陽を浴びている。

一彦さんは昭和35(1955)年に、長男として誕生。

「子どもの頃は、夏になると山椒守り(山椒の実を摘む作業)をようさせられましたわ」。

東京の大学を出ると、土木関係の会社に入り河川工事に携わった。

そして2年後に帰省。

親類の建設会社に移り、現場の施工に従事した。

しばらく後、近くの土産物屋でアルバイトをしていた、旧神岡町(現・飛騨市)出身の裕子さんを見初め、昭和63年に結婚し一男二女を授かった。

何もかもが順風満帆。

仕事と子育てに追われながらも、幸せで充実した日々が続いた。

だがやがて土木建設も下火に。

どこも異業種参入に躍起となった。

そんな平成17年、飛騨山椒の後継話が持ち上がった。

「飛騨山椒を創業した母の弟が、昭和50年に脳梗塞で倒れ、誰も後継ぐもんもおらんって言うもんやで」。

一彦さんは妻に打ち明けた。

「そしたら妻が、『山椒しかないでしょ。せっかく奥飛騨の自然が誇る、山椒の木があるんやで』って、背中を押してくれて」。

翌年、創業者の妻から手解きを受け、建設会社の異業種参入事業として、飛騨山椒を受け継いだ。

「まず最初は、土用の丑の日の後、山椒の実を親指の爪で手摘みするんやわ」。

それを農家で陰干しして、種が弾けるのを待って、解(ほぐ)して土嚢に詰め込む。

そして種抜き機で種を取り出し、茶箱に詰めて保管。

注文に応じて取り出し、石臼と杵で15分搗き、篩(ふる)いに掛ける。

篩いに残った実は唐箕(とうみ)機に掛け、再び石臼で40分搗く。

さらに粗い実は、3時間近くも搗き粉砕。

特上、上、並粉に選別し完成。

「今見山椒に、高原川の高原山椒が生粋の奥飛騨山椒。だからここから10㌔も離れると味が落ちる。昔の人は凄いって。ここの自然が、一番山椒に適しとるって、ちゃんと見抜いとったんやで」。

後4日で土用丑。

今年は31日に二の丑もある。

ってことは、母がまだ健在なら、今頃大いに頭を悩ませていたに違いない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 329」」への7件のフィードバック

  1. くるくるしてますよ (. ❛ ᴗ ❛.)

    飛騨山椒との出合いは 4〜5年前 
    お気に入りのお店のカウンターで 牛蒡のう巻きに くるくるして出してくださってから 虜になりました (✿ ♡‿♡) 
    そのお店の板さん達も いろんな料理に 細かくしたり、粗くしたり、潰してみたり試してみえましたよ (◍•ᴗ•◍)

    たしか 深夜番組でもその話をした事がありましたね 。◕‿◕。

    私は 鰻にはもちろん、鮎の佃煮 煮肴 白菜のお漬物等にも くるくるく、るくる してますよ (◍•ᴗ•◍)❤

    1. 山椒は香りが命ですものねぇ。
      そしてピリリッと舌を刺激してくれて!
      ぼくも今度、キノコソテーを絡めたパスタでも作って、山椒をパラパラッと振ってみようかな?

  2. 山椒七味… 名前を見ただけで 口の中がピリッとしそう(笑)
    普段なかなか味わう機会がないけど ちりめん山椒とか好きですよ。
    最近 日本酒をよく飲むので 山椒をプラスした大人っぽいおつまみを考えてみようかな⁈

    1. この時期、熱燗をキュ~ッと傾けながら、小鉢に盛った山椒の実入りの佃煮なんて、これまた美味しいですものねぇ!

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