今日の「天職人」は、名古屋市中区大須の「芝居小屋主」。(平成21年3月31日毎日新聞掲載)
母の密かな愉しみは 年に一度の旅芝居 贔屓(ひいき)役者の幟旗(のぼりばた) 小屋にはためきゃ気も漫(そぞ)ろ 朝も早よから鏡台で 鼻歌混じり紅を注す まるでお盆と正月が 一緒のような忙(せわ)しなさ
名古屋市中区大須、七ツ寺共同スタジオ小屋主の二村利之さんを訪ねた。

足の踏み場も無い小さな古本屋。
主人はさっきから、うら若い女性客と話し込んでいる。
女性の方は劇団員風で、来年の公演日程を相談しているようだ。
「お盆だったら、他の借り手もどうせないから、ちょっとは安くしたげられるよ」。
何と商売っ気のないことか。
公的な劇場では、いくら借り手がない日とはいえそうは行くまい。
「この猫飛横丁(ねことびよこちょう)って古本屋が、小屋の連絡事務所みたいなものでね」。利之さんは、人懐こそうに笑顔を向けた。
利之さんは昭和20(1945)年5月、空襲警報が連日鳴り響く中で産声を上げた。
高校生になると新劇、そして大学へ進むとアングラ芝居(アンダーグラウンド演劇)の黒テントや唐十郎の紅(あか)テントなど、前衛的な演劇に傾倒して行った。
その後大学を出ると、24歳で名古屋タイムズ社の文化部記者に。
「本当は芸能記者志望。でも、そんな都合のいい仕事ばかりじゃなくってねぇ。当時の文化部は家庭欄の担当で、レジャーから趣味までとにかく幅広く、自分で選り好みなんて出来なくって。他の記者と違って、あたしは器用にあれこれと取材がこなせなくってね」。
そんな頃仕事の片手間に、テント劇団の公演準備を裏方として手伝った。
「野外会場を借りる手配をしたり。新聞社の名刺を出すと、相手も信用してすんなり貸してくれてねぇ。でもそれが会社にバレちゃって」。
26歳でそそくさと退社。
「東京なんかじゃ小劇場運動が興って、小さなスタジオが出来てね。じゃあ、そんなスタジオ作るかって」。
さっそくトラックの大型免許を取得し、資金稼ぎに奔走した。
「でもそんな簡単に資金なんて出来るもんじゃない」。
しかし利之さんの前に、良き理解者が現れた。
「今のスタジオの大家さんが、一代で財を築いた方で『権利金も敷金もええわ。貸したげる』って」 昭和47年、ついに大須の下町に前衛文化の拠点が華開いた。

「芝居を見ながら飲み食いが出来て、劇団員の寝泊りも出来る小屋。それが七ツ寺共同スタジオ。芝居が跳ねて役者と共に酒を酌み交わすのが唯一の楽しみだった」。

やがて、つかこうへい、東京ボードビルショーなども来演した。
昭和56年、スタジオに出入りしていた文学少女のむつ子さんと結ばれ、一女を授かった。
「若い役者たちから母親のように慕われてねぇ。時には厳しく評論したり、とにかく面倒見がよくって」。
しかし5年前、脳溢血に倒れ還らぬ人となった。
利之さんは亡き妻を偲びながら、今も小屋を守り続ける。
明日の役者や演出家たちは、自らの才能を信じ、台詞の一語一句に己(おの)が魂を吹き込む。
利之さんの37年は、そんな役者を我が子のようにそっと見つめ続けることだった。
誰よりも芝居に恋した、男のけじめとして。
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10代の頃、アングラ劇が大好きで、特に唐十郎の戯曲が面白く全集を買っていました。でも実際に紅テントは観た事がなく、黒テントは観る事ができました。
今でも思い出せるほど印象的でした。
この頃は労演で舞台を観るくらいですが、やはり生の舞台は面白いですね。
そうでしたかぁ!
そんなお若い頃から、前衛芸術にもご興味をお持ちだったとは、恐れ入り屋の鬼子母神ってぇやつですねぇ。
コロナの影響を受けているんでしょうかねぇ。大須は食べ歩きしたい町⤴️でも、今はぁ〰。
大須の人込みも、緊急事態宣言の影響か、心なしか少なそうですよ。
「天職一芸〜あの日のpoem 315」
「芝居小屋主」
どう見ても古本屋さんにしか見えないけどなぁ〜なんて見ていたら やはり古本屋さんだったんですね。
「猫飛横丁」これこそ小説の中にでも出てきそうな いいネーミングですね。
とにかく不思議が山積みになったような、時間が止まったかのような、独特の場所でしたよ!
知り合いの出演する芝居を観に、この場所に一度行ったコトあります。その知り合いは、今は東京に出て行きましたが、いつかまた会える気がします、、、。
そんなお友達がいらっしゃったとは、本物の高木さんも隅にゃあ置けませんなぁ!
お金がなくても ただひたすらにお芝居の稽古をして みんなで語り合う…。
近くには その姿を見てる人がいて 影ながら支えてくれて…。
お芝居に限らず 何に対してもがむしゃらに突き進んでみるのって 良いと思うなぁ〜。でも そういう気持ちを段々と忘れかけてきちゃうのが寂しい気がします。
もう○○じゃなく まだ○○って思わなきゃ!
何かに挑戦してみようかな⁈ ( ◠‿◠ )
たとえ幾つになったって、寒い冬を必死に乗り越えれば、青い芽が吹く春が、必ず何人にも平等に訪れてくれます!
ぼくも青い芽が吹く春を待ち侘びています。