「天職一芸~あの日のPoem 289」

今日の「天職人」は、岐阜市神田町の「駅前飯店」。(平成20年8月5日毎日新聞掲載)

月の最後の日曜日 「何処で食べるか?」父は問う        駅前ビルの階段を 昇った後で振り返り             母は小さく吹き出した 「どうせ決めてるくせして」と      駅前飯店指定席 酢豚に餃子ニラ卵

岐阜市神田町、中華料理「駅前飯店」。主の田中豊さんを訪ねた。

「よっこらしょっと」。

少し腰の曲がった老婆が、テーブル席に腰を下ろした。

椅子の脇には、はち切れんばかりに膨れ上がったレジ袋。

中には数種類の薬袋(やくたい)がぎっしり。

「ようやっとたどり着けたわ」「お久しぶりやねぇ。どうですか、お身体の具合は?」「ええも悪いも、こんなもんやて。月に一回、医者の帰りに寄らせてまうのが、もう唯一の楽しみなんやで。今日は酢豚にしてまおか」。

ここは名鉄岐阜駅の道路を挟んだ向かい側。

パン屋の横の階段を二階へと昇れば、昭和の面影が顔を覗かせる。

「もう開店から36年やで、お客さんもおんなじように年食われてまっとるでねぇ」。豊さんは、少し前屈みで優しく微笑んだ。

豊さんは昭和22(1947)年、靴職人の長男として誕生。

中学を出ると名古屋の中華料理店に住み込みの修業に。

東京五輪を翌年に控えた年だった。

「最初は店の裏で、お婆ちゃんと一緒に目ショボショボさせながら、明けても暮れても玉ネギの皮むきばっかり」。

ひた向きで真面目な性格ゆえ、日々の修業で見る見る腕を上げ、先輩料理人と肩を並べ中華鍋を揮った。

「料理人が多かった店やで、ガスコンロ毎に料理人も決まっとったんやて」。

昭和44(1969)年、名古屋の職場を辞し、現在地の華陽ホテル中華部に入社。

翌年、慰安旅行で大阪万博へ。

「そん時のバスガイドが私。集合時間よりもえらい早く戻って来る人がいて、後で分かったんですがそれが主人やったんです」。妻博子さんは、冷たいお茶を差し出しながら笑った。

「最初のデートはこの店。主人が酢豚を作ってくれて」。

昭和47(1972)年2月に結ばれ、一男一女を授かった。

それから5ヶ月後、ホテルから店の権利を買い取り、「駅前飯店」は独立。

夫婦とも弱冠24歳のおおいなる船出だった。

「その頃は店の前を路面電車が走って、繊維街も柳ヶ瀬も全盛期。全国からようけ行商さんが仕入れに来られて」。

サラリーマンや事務員、家族連れから出張族と多くの客で賑わった。

駅前飯店の中華は、どれも昔ながらの定番の味が最大の魅力。

「私はこれしか作れませんし、この仕事しかないでね。家のラーメンはシンプルそのもの。細麺に鶏がらと煮干のスープで、薄切りチャーシューとメンマに葱だけ。具を沢山入れればいいってもんでもないし」。豊さんは謙虚につぶやいた。

盛り付けの派手さや、具の多さに頼らぬ正統派。

ゆえに30年以上も、客は懐かしさを求め足繁く通う。

「10年ほど前に、食い逃げされたんやて。店の一番奥に堂々と座って、ビール飲みながら料理も4~5品取って。店の外にあるトイレ行ったまま帰って来んわね。汚れたジャンパーだけ置き去りにして」。

夫婦はあっけらかんと、懐かしそうに笑い合った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 289」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    駅前飯店のお話ですね。
    盛り付け等に頼らずに、正統派で、行くのは良いですね。
    ・写真の料理(炒飯,中華麺,酢豚)美味しそうですね。
    ・私は、写真の駅前飯店に行った事が、有りません。

  2. 餃子にビールをこよなく愛するわたし。それでも、体調が良くないと欲しない⤵️だから、餃子にビールは、私の健康のバロメーター(笑)
    オカダさんは、そう言う時は無いかぁ、どう?(只今、どう?どう?シリーズ継続中)
    あっ、「めんどくさ!!」って言ったでしょ(^o^;)

    1. また悩ましい新企画の登場ですか?
      ぼくもその日のビールの美味しさの度合いで、体調を推し量ったりしていますよ。

  3. 「天職一芸〜あの日のPoem」
    「駅前飯店」
    ラーメン・チャーハン・酢豚も美味しそっ!わたし 他の事しながらで ついつい玉ねぎに火を通し過ぎてしまいます。

    2021年はおせちもめいめいの盛り付けと「柿いり黒酢豚」と「カラフル!3種の海老しゅうまい」とあと一品 あと一品と思っていたところ オカダシェフの「焼きそば春巻き」が好評でしたので即決となりました。
    ありがとうございます。

    1. 焼きそば春巻きがそんなにお気に召していただけたとは、なんともありがたい限りです!

  4. シンプルis BEST!
    最近 写真のようなシンプルなラーメンが無性に食べたくて 何処かに美味しいお店がないかなぁ〜とキョロキョロしてる私です( ◠‿◠ )
    チャーハンや酢豚も美味しそうだなぁ〜。ビールがすすむなぁ〜。
    でも 酢豚にパイナップルはご勘弁ですけどね(笑)

    1. うそうそ、若者向けのコッテリ系よりも、高山ラーメンのようなお醤油味のシンプルラーメンが、ぼくも大好きです!
      そう言えば、会津の喜多方ラーメンなんて最高でしたもの!

  5. 町の中華屋さん、大衆食堂も減ってまったように思います。ファストフードが流行り、マイカーを個人が持つようになり結果的にシャッター街が増え、斯様な食堂は廃れたのかなと想像します。もはやノスタルジーの世界に埋没してまったのでしょうか。

    1. 町場の中華屋さんって、ぼくも好きですねぇーっ。
      東京の蒲田で独り暮らしの頃は、風呂や帰りにブラリと立ち寄って、ビールをプッハァ~と煽りながら、中華飯に舌鼓を打ったものです。

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