「天職一芸~あの日のPoem 262」

今日の「天職人」は、岐阜市長住町の「ホルモン屋女将」。(平成十九年十二月二十五日毎日新聞掲載)

色付く街に賛美歌と 恋人たちのはしゃぎ声           あんな時代もあったなと ネクタイ緩めコップ酒         レバーにネギマ ホルモンと 上司の愚痴をアテにして      酒を煽って憂さ晴らし オヤジ二人のクリスマス

岐阜市長住町のホルモン水谷本店。二代目女将の水谷信子さんを訪ねた。

「おお~い、酒二杯に串三本やで勘定おいとくわ」。

夜も更けた光景かと思いきや、まだ昼下がりの午後二時半だ。

名鉄岐阜駅を西に入ったビルの谷間。

歩道に突き出した煙突からは、炭火に爆ぜる美味そうな肉汁の香りが漂う。

歩道をゆけば、ついつい袖を引かれそうになるのが人情。

それが証拠にこんな真昼間から、店内はもう鈴鳴り状態。

店から溢れ出した客用に、ビールケースに板を載せた簡易テーブルが組み立てられ、客も手慣れた様子で丸椅子を運び出し、歩道脇に陣取ってコップ酒を煽る。

「家の名物は何てったって、厚切りレバーやて」。信子さんが、串盛りを差し出した。

「まあお茶菓子代りに食べてみたって」。

確かに串に刺さったレバーの厚みは、2㌢近くもある。

まるで学校給食に添えられていた、三角形のチーズ大の大きさで、おまけに惜しげもなく一串に二切れという大胆さ。

これで一本百円とは、鈴鳴り人気にも合点がいく。

信子さんは昭和18(1943)年、一文菓子屋を営む後藤家に誕生。

中学を出ると化粧品屋に勤務し、看板娘として販売を担当した。

ちょうど娘盛りの20歳を迎える頃の事だ。

「練炭屋に夫を紹介されたんやて」。信子さんは心なしか照れ臭げだ。

「旅館をやってた叔母が『下見してきたるわ』って、この店にこっそりやって来て夫の品定めやて。それで『三郎さんなら間違いない』って、太鼓判押すもんやで」。

昭和38(1963)年、水谷家の二代目三郎さんに嫁ぎ、二女を授かった。

「当時も店はてんてこ舞い。だから娘二人は住み込みのオバサンに任せっぱなし」。

高度経済成長期を支えた男たちは、ホルモン屋でまずは景気を付け、ネオン瞬く柳ヶ瀬へと繰り出していった。

「よう明治気質の義父から教わったもんやて。『飲み過ぎた人に売っちゃいかん』って。だから今でもそれは肝に銘じとるんやわ」。

平成12(2000)年、夫が他界。

「もう二代限りで終わりにしようかって思っとったんやて。そしたら娘婿が、『俺が会社辞めて継ぐ』って涙浮かべて言ってくれたんやわ」。

信子さんは言葉を詰まらせながら、誇らしそうに焼き場の娘婿を見つめた。

「わしなんか忘れたくらい昔から、ほとんど毎日通っとるって。値上がりせんし、隠居の身には助かるんやて。だから勘定も自己申告みたいなもんやって」。

帰り際に常連客の老人が笑い飛ばした。

思い思いの客がそれぞれの人生を引っ提げ、小さな丸椅子に腰かけ赤ら顔で串を頬張る。

ここでは会社の看板や、身分の上下など一切通用しない。

だからこの店が大人たちの止まり木であり、楽園であり続けるのだ。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 262」」への15件のフィードバック

  1. 焼き鳥が食べたくなったら『日本一』と言うお店で買ってきます。とり皮、なん骨、つくね、それにレバー。若い頃はレバーなんて嫌いだったのに…。歳を重ねると好みも変わるのね。ビールが美味し!!

    1. 鳥皮は、塩がいいですねぇ。
      でも冷めると・・・。
      焼き立ての串を頬張りコップ酒をすすりたいものです。

  2. どて煮は好きだけど 基本 ホルモン系は苦手。食べれないわけじゃないけど…。でも レバーだけは どうしても食べられないんです。
    味もさることながら あの食感が(泣)
    ネギマにビールで 大満足しちゃう私です。
    一人立ち飲みのお店 ないかなぁ〜( ◠‿◠ )

    1. お洒落な立ち飲みでなくってもいいなら、味のある戦後間もなくから続く、名代の立ち飲み屋が豊橋駅前の大通りにありますよ!
      立ち飲み「朝日」。
      近いうちに、その店の女将も天職人としてアップされますから、どうかお楽しみに!!!

  3. こんにちは。
    ・ホルモン屋女将のお話ですね。
    ・ホルモン美味しそうですね。
    ・私は、ホルモンを、食べません。硬い食べ物は、食べれません。
    ホルモン お酒のおつまみには、良いですね。

  4. 串焼き!
    プッハァ~好きな人のみならず
    あたしも大好き!
    酒の肴って!
    味が少し濃いめで美味しい!
    昔、岐阜駅前問屋街に勤めていた頃
    店の前を通る度に「プ~~ン」と良い匂いが・・
    「おやじ⤴冷たいビールと串の盛り合わせを適当に・・」
    なんて!事を言うのを憧れていけど・・
    まぁ~⤴酒嫌いなあたしには一生言う事がないでしょうねぇ!
    オカミノファミリーは酒豪の美熟女が多いけど・・
    自粛して、家で「プッハァ~」しているんでしょうねぇ?

    1. あの煙がモクモクと歩道に漂っていると、ついつい袖を引かれちゃうってもんです。

  5. お昼からオジサマ方が幸せそうで、いつも羨ましく思っていました。
    今年の初め頃は、若い人達もいました。
    レトロな感じがオシャレなのかも。
    今はコロナで、なかなか大変かもしれませんね。
    早く賑わいが戻りますように・・。
    いつか私も伺ってみたいっす!

  6. おはようございます。いいですね~こういうお店がほんと近くにあると最高なんですけどね・・・・
    お昼過ぎにこんなお店で一杯やれるなんてほんと・・こういうのが「贅沢」ってもんですよね~
    もっとも、私の場合はそんなに呑めないので雰囲気を味わうほうですけどね・・・
    岐阜にもこんなお店がまだあるんですね~

    1. いいよねぇ!
      なぁ~んも考えずに、気の合う仲間と真昼間っから一献なんて!

  7. 立冬が過ぎ、ちょっと寒くなって来ると、赤ちょうちんが恋しくなりますねぇ。

  8. 焼き鳥に ビールを ぷっファ〰️
    カンパーイ (*⌒3⌒*)
    早く行きたいな ~ (●^o^●)

    仕事帰りに通ると ついつい 寄りたくなる雰囲気 は 昔から変わらないですね❗

    水谷さんの 店の外には、4時を過ぎた頃から 丸いパイプ椅子を持ち出し ビールを ぷっ ファー〰️
    ワイワイ 笑顔の皆さんを 横目に
    喉が鳴ります ~ (^^)人(^^)

    1. あの匂いとあの雰囲気は、やっぱりただ物じゃあないですものねぇ。
      嗚呼!ぼくもコロナを気にせず、ワイワイガヤガヤやりたいものです。

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