「天職一芸~あの日のPoem 223」

今日の「天職人」は、三重県桑名市の「餅匠」。(平成十九年三月六日毎日新聞掲載)

ホイサホイサの掛け声に 杵振り降ろす若衆の      頬にほんのり赤み差し 真白き湯気が立ち上る     ふっくら餅が搗き上がりゃ 椀を片手に子が並ぶ     大根卸し小豆餡 黄粉黒糖お好みで

三重県桑名市、お餅の大黒屋。三代目餅匠の後藤泰雄さんを訪ねた。

「黒棒とか餅菓子は、元々『朝生(あさなま)』ゆうて、朝作ったもんをその日の内に食べるもんやったで、保存料とかは今も一切使こてません」。

大黒屋は昭和七(1932)年創業。

泰雄さんは昭和四十八(1973)年に三人兄弟の長男として誕生。

「父は商売人と職人が半々。祖父は不器用なほど一徹な職人。だからお婆さんは祖父を店頭によう出さんかったほどですわぁ。何でって?お愛想もできやんし、お客さんから『これ焼き立てですか?』と聞かれると、『そんなに冷たいんが欲しけりゃあ、明日の朝また来てくれ』って平気で言うような人やったらしい」。傍(はた)で聞いているとまるで喧嘩を売っているようだったとか。

泰雄さんが中学三年になった年、初代の頑固職人はこの世を去った。

泰雄さんは大学へと進学。しかし大学二年の暮れ、父の胃癌が再発。

已む無く中退し、家業に従事することに。

「三つ子の頃から店ん中チョロチョロして、まあ門前の小僧みたいなもんですわぁ」。

入退院を繰り返し闘病を続ける父に付き、餅匠としての極意を学び取ろうと必死。

しかし父の身体は日に日に蝕まれていった。

病室に商品を持ち込んでは、小さくした餅を父の口に運び入れ「どうや?」と問いかける。

「駄目出しばっかやさ。とうとう最後の最後まで、褒めてもらえやんだ。『巨人の星』の父、一徹みたいな人でしたから。『見て覚えて、技を盗め』が口癖やったし」。

翌年、若干二十一歳の泰雄さんに店を託し、父は還らぬ人となった。

大黒屋創業当時から続く名代の逸品「黒棒」。

幅約七㌢、高さ約五㌢、長さ約四十五㌢。艶光する焦げ茶色。巨大な海鼠のような棒状の餅菓子だ。

「北勢地域特有の、農家に伝わった冬場のおやつとか。だから『懐団子』とか、懐に入れるから『ネコ』とか、色んな呼び名があったらしい」。

上新粉と沖縄産黒砂糖だけの天然無添加。素朴で懐かしい味わいの逸品だ。

まず上新粉に湯を入れ、練りながら蒸し上げる蒸練機(じょうれんき)で生地作り。

次に熱々のうちに黒砂糖を生地に馴染ませ、上白糖を加え甘みを調える。

そうして完成した生地を、今度は臼で一分半ほど搗き、取粉を入れた半切りで成形。半切りとは、盥(たらい)状の浅く広い桶。

「ぼくも黒棒が大好きで、学校帰りに友達が遊びに来ると、必ず皆して食べよったほど。…でももしかしたら、それ食べたさでぼくん家に遊びに来とったんやろか?」。

とにかく朝生ゆえ、出来立てが絶品。

だが冷めて硬くなっても、一㌢ほどの厚さに切り、ホットプレートで焙ればこれまた香ばしさが引き立つ。

「一~二月が一番売れますわ」。毎年十一月から春の彼岸までの限定品。

泰雄さんは二十六歳の年に、東員町出身の妻知美さんと結ばれ、二人の娘を授かった。

「『帰りに黒棒持って来て』って、よう女房から電話が入るんやわ。娘らにも人気やけど、女房が一番黒棒好きかも知れやんわ」。

素朴な味ゆえ、どんなまやかしも一切通じぬ。

ただただ呆れるばかりの直向さ。

三代続く黒棒作り。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 223」」への7件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・餅師のお話ですね。
    ・黒棒は、職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。保存料を、使ってないのですね。賞味期限が、早いかも知れませんね。
    ・(写真)黒棒美味しそうですね。
    リピーターさんが、買いに来るのですね。地元では有名なお菓子なのですね。
    ・私は、黒棒を、実際に見た事が有りません。ブログで見ました。

  2. 「これ焼き立てですか?」
    「そんなに冷たいんのが欲しけりゃ…」
    まるで吉本新喜劇のようなやりとり。
    場面を想像したら笑ってしまいました。
    「黒棒」食べたことがないけど 多分私好きだろうなぁ〜。味や食感も…( ◠‿◠ )
    もしかしたら ういろうにどこか似てるのかな?
    十月一日(木) は 十五夜だから お団子と黒棒 いいかも!

    1. 黒棒は、めっちゃ美味しいでした!
      ぼくも桑名の近くまで行った時は、店に立ち寄ったものでした。
      しかし、作っている時期が違うと・・・トホホでした。

  3. 黒棒⤴
    子供の頃よく食べた覚えがあります!
    食感も好きでしたねぇ!
    まぁ~⤴
    甘い物なら「落雁」以外なら何でも好き!
    最近、甘い物食べたのが「御座候」(白あん、小豆)
    美味いねぇ~⤴庶民の味!

  4. オカダさん、お久しぶりです。
    ブログを読んで、色々な人生があるのだと感心します。。
    ところで、今日は私の誕生日です。
    遅れてもかまいませんので、バースデーソングが聴けると嬉しいです。
    オカダさんも、お体ご自愛下さい。

    1. そうでしたか!
      お誕生日、おめでとうございます。
      次週の10月6日火曜日に、お祝いさせていただきます。
      よろしくお願いいたします。

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