「天職一芸~あの日のPoem 191」

今日の「天職人」は、岐阜市金町(こがねまち)の「茶屋店主」。(平成十八年五月二十三日毎日新聞掲載)

寝惚け眼の朝ご飯 卓袱台囲む父と母          海苔に味噌汁生卵 割れば双子に大騒ぎ         母は湯飲みに茶を注ぎ 茶柱立ったと浮かれ顔      思えば貧しい昭和だが いつも茶の間に笑い声

岐阜市金町の明治屋茶舗、二代目の茶屋店主の藤森春美さんを訪ねた。

「♪夏も近付く八十八夜♪」

立春から疾(と)うに八十八夜も過ぎ、季節は早入梅の到来を予感させる。

新暦五月二日頃の八十八夜は、日本独特の暦日で、古来より茶摘や養蚕、それに野良仕事にとっての一つの目安とされた。

「今は一年でも一番重要な、荒茶の買い付けをしる季節ですでねぇ」。春美さんは、妻が差し出した茶を旨そうに口に含んでつぶやいた。

初代は岐阜市御浪町の茶舗で修業を積み、昭和三(1928)年に高野町にて創業。春美さんは昭和六(1931)年、二人兄弟の長男としてこの家に生まれた。

子宝に恵まれ、家業も順風満帆。

それから三年、初代は岐阜駅から北に延びる金町の一等地に、新店舗を構えた。

しかし時代の荒波は、何人たりとも諍(あらが)うことも出来ぬ、忌まわしい戦争という渦の中へと引き込んで行った。

「岐阜空襲で店も何もかも、みんな丸焼けやて」。

春美さんは遠くを見つめるように笑った。

戦後は俄仕立てのバラックで営業を再開。戦後の復興の槌音に合わせ、家業も再び隆盛を極めた。

「戦争や敗戦で身も心も荒んどっては、いいお茶なんて飲む気にもなれませんて」。

東京の大学を卒業すると、跡継ぎとしての帰省を前に、静岡県の牧の原茶園で製茶の工程を修業。

「と言っても、わずか三ヶ月半やったけど」。春美さんは品よく笑った。

「八十八夜に手摘みされた一番茶を、深蒸しとか中蒸しに分けて蒸す。次に機械で茶葉を揉み、形揃えしてバスケと呼ぶ真っ赤に熾った炭火の上の鉄板で、火入れして乾燥させれば荒茶の出来上がり。今はみんな機械がしるんですけどね」。

昭和二十八(1953)年、茶所の本場で修業を終え家業に就いた。

「茶葉の産地は、地元の揖斐茶に白川茶。それに静岡茶や宇治茶と、伊勢茶に九州の八女茶。抹茶や玉露はかぶせって言って、茶を摘む二十日程前から黒いビニールで覆って直射日光を抑えるんやて。昔は藁掛けやったけどね。だから円やかな味になる」。

一方、太陽の陽をしっかり浴びる煎茶。煎茶を摘んだ後に残る、大型の葉や茎で作る番茶。店先で芳ばしい香りを振りまく、番茶を高温で煎るほうじ茶。

「お茶の種類はまだまだありますよ。後はお客さんの好みに合わせ、荒茶を買い付けて低温倉庫に保存して、次の年の八十八夜まで大事に寝かせとかんと」。

春美さん二十五歳の昭和三十一(1956)年、羽島市出身の圭子さんを妻に迎え、一男一女を授かった。

「私は田舎の出やで、最初は商売が苦手やったんやて」。今年金婚式を迎えた妻は、すっかり堂に入った手付きの茶筅捌き。「まあ一服どうぞ」。

店の奥には、茶と墨書された張り紙の茶箱が居並び、明治初期頃まで使われたと言う茶壷が、茶葉へのこだわりを信条とする茶屋の姿勢を裏付けるようだ。

茶溜りに残る翡翠の雫。

小さな泡と泡が隣り合わせ、やがて静かに消えて逝く。

まるで最高の茶飲み仲間を得、四方山の茶飲み種(ぐさ)に明け暮れた一日を、静かに終えるように。

金婚式を迎えた老夫婦。もう十三年連れ添って、共に米寿を祝いつつ「八十八の升掻(ますか)き」と洒落こめば、茶屋商いも大繁盛。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 191」」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・茶屋店主のお話ですね。
    ・お茶屋さん良いですね。
    ・私は、お茶屋さんが好きです。
    ・お茶は、職人さんの手作りなのですね。手間がかかりますね。
    ・お茶は、烏龍茶,緑茶,ほうじ茶,玄米茶,等が、好きです。揖斐茶,白川茶も有りますね。
    ・私は、ペットボトルに入ったお茶を、飲みます。急須に入ったお茶は飲みません。

  2. 明治屋さんの前を通る時は 鼻をピクピク クンクン ‼️‼️ だって とっても良い匂いがするんですも~ん (#^.^#)

    実家には 茶箱に入った粉茶が届きますが、普段使いのお茶は 姉と私が お・つ・か・ い に ♪♪♪
    量り売りだったから、見るのも楽しかったけど あの薫りが好きでした (*´∀`)
    あの頃はソフトクリームがなかったのが 残念 〰️〰️〰️ (*_*;
    お茶の薫りが たっぷり でも やさしい味
    クンクンしながら食べます (^-^ゞ

    1. 抹茶ソフトなんて子どもの頃にゃあありませんでしたもの。
      見るからにお茶の風味が感じられ、思わず注文してしまいそうです。

  3. 店先で、茶葉を煎じている芳ばしい香りは何とも言えず、思わず息を一杯吸っちゃいます⤴️

  4. 明治屋茶舗
    老舗中の老舗ですねぇ!
    私がまだ、ハナ垂れ小僧の頃からのお店
    前を通るとお茶のいい香り
    名古屋へ行くと名駅の地下街にもお茶のいい香りがしますねぇ!
    甘~~ぃ⤴羊羹に、チョット濃いめのお茶!
    流石!酸いも甘いも知る男
    渋いねぇ~~⤴

    1. あのお茶を炒る匂いって、袖を引かれちゃいますねぇ。
      まるで鰻屋の換気扇から漂う匂いと同様に、無性にぼくは茶を炒る匂いがすると、おむすびが食べたくなって仕方ありません。

  5. 時々行く和菓子屋さんでは 必ずお茶を出してくださるんですけど これがまた美味しいのなんのって( ◠‿◠ )
    いろんな和菓子を選んで 美味しいお茶もいただいて いつも大満足で帰路に着く私です(笑)
    煎茶、玉露、番茶、玄米茶…
    お茶はどれもだ〜い好きで 毎日お茶をよく飲んでるけど 一番好きなお茶は やっぱり焙じ茶かな。
    あの香ばしい香りが好きなんです( ◠‿◠ )

    1. やっぱりお茶はかかせないものですよねぇ。
      その土地土地のお茶を、その茶葉が採れた土地土地の清らかな水で煎れていただくことこそ、贅沢なものですものねぇ。

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