「天職一芸~あの日のPoem 126」

今日の「天職人」は、三重県伊勢市の「おぼろ昆布削り職人」。(平成十七年一月二十九日毎日新聞掲載)

朧月夜の春の宴 薦(こも)に車座母のご馳走       父は冷酒傾ける さくら一片(ひとひら)湯呑に浮かべ   母はほんのり頬染めて もっとお食べとお重を開く     中でもぼくの好物は おぼろ昆布を巻いたお結び

三重県伊勢市の酒徳(さかとく)昆布、三代目おぼろ昆布削り職人の酒徳憲一さんを訪ねた。

まるで綿菓子のよう。紙より薄いおぼろ昆布が、次から次へと掻き削られ、真っ黒だった昆布は、新たな姿形を与えられ生れ変わる。辺りには、ほんのりと酢の薫りが、静かな時の間をたゆたう。

「おかか入りのおにぎりを、これで巻いて食べてみ。思わず舌打ちしとなる、なとも言えやん旨さやさ」。 昆布のグルタミン酸と、カツオのイノシン酸が口中で交わり、八倍の旨味成分を放つ。憲一さんは、静かに語った。

酒徳昆布は、明治四十五(1912)年に祖父が創業。

おぼろ昆布は、平安時代から帝への献上品とされ、京や大阪で高級食材として消費された。

憲一さんは中学を出ると、稼業へと従事。

おぼろ昆布は、北海道沿岸の北の寒流で鍛えられた、道南・利尻・青森の大間昆布に限る。肉が厚く耳の薄さが決め手だ。長さ一~二m、島田折に乾燥された昆布を仕入れる。

まずは漬前(つけまえ)と呼ぶ、防腐の酢漬け作業。丸一日酢に漬けて昆布をしならせ、再び十分ほど二度漬けして酢を切る。

次に昆布の皺を広げ、根から先端へと巻き上げながら、直径六十㎝ほどになるまで何十枚と昆布を重ね巻く「巻前(まきまえ)」へ。

三日間寝かされ、巻物の真ん中から昆布を解(ほぐ)し取り、耳を落とす「耳打ち」へ。

まずは箱台に座し、麻裏草履で昆布の先端を踏みつけ、左膝の上に添えた手で根元を握る。そして 右手に昆布包丁を持ち、昆布の先端部分に刃を当て、右膝で腕を押しながら、左上へと向かって掻き削る。

片側だけが薬焼刃の、特殊な昆布包丁。酢に漬かった昆布を削るため、十枚も削れば刃先が錆びてしまう。 その都度砥いでは、ミクロの薄さで昆布を掻けるよう、薬焼刃の片側を僅かに曲げる。

大きな昆布一枚からわずかに五十gしかおぼろ昆布は取れない。一枚一分の早業で削り作業を続け、一日に八~十㎏掻く。

「物が不足しとった時代は、製造が追い着かんのやさ」。スーパーが登場すると、大量生産の幕開けとなり、不遇な時代を迎えた。

「それでも何とか、手作りを貫いてきたんやさ。そのおかげで、今があるんやろなあ」。

温かご飯に、おぼろこんぶのおすまし。

何より心のご馳走は、家族皆が元気で『よろ昆布』笑顔。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 126」」への10件のフィードバック

  1. おはようございます。
    ・おぼろ昆布削り職人のお話ですね。
    ・おぼろ昆布削りは、職人さん手作業なのですね。手間がかかりますね。
    材料にもこだわりが有りますね。
    専門店で販売してるおぼろ昆布美味しいでしょうね。
    ・私は、専門店で、おぼろ昆布を、買った事有りません。
    ・私は、おぼろ昆布好きです。おにぎりの具材,味噌汁に入ってのも良いですね。

  2. おはようございます。

    おぼろ昆布は、包丁の刃で、削っているのですね。私は、知りませんでした。
    ブログを、見て勉強になりました。

  3. デパートの物産展かなんかで、昆布を削る姿を目にした事がありますが、簡単そうに見えて、薄く削るのは素人には真似の出来ない職人技。足を止めて、ず〜っと見入っちゃいます。

  4. 福井の敦賀にあります、昆布館へ行った事があります。
    写真に載っているような刃物で職人さんが「シャリィ~シャリィ~」削っていましたが
    向こう側が見える薄さ!流石!職人技!
    昆布梅茶を試飲して、美味しかったので、即購入!
    忘れちゃ!いけないのが「ナニワソフト昆布飴」
    多分?岐阜の方は知っていると思います。
    これも中々の美味しい岐阜銘菓だと思います。
    数十年前の話になりますが、「浪速製菓」の娘さんが
    私の勤めていた会社に入社して来ましたが
    これがまた、「惚れてまうやろぅ~~⤴」
    と!言う程の超美人!!!
    きっと!美熟女になっている事でしょう!絶対!!!
    昆布と言えば、髪の毛に良いと言う話
    何処へ行ったのか?
    私の前頭部の髪、今だ行く先が分からず探していますが
    手掛りがつかめず⤵
    誰か?知りませんか?

  5. おかか入りおにぎりのおぼろ昆布巻き、食べたことはないですが、美味しいに決まってますね!今すぐ食べたいです。
    あと、お碗におぼろ昆布と醤油を垂らし、お湯をかけただけの、お吸い物は、よく食べますが、大好きです。
    また、おぼろ昆布ができるまでの工程を初めて知りました。手間をかけてこそのお味なのでしょうね。納得!

  6. とろろ昆布は お吸い物やうどんに入れて 時々口にするけど おぼろ昆布は手にした事がないんです。
    とろろ昆布でご飯を包んで食べると美味しいんでしょうね。( ◠‿◠ )
    おぼろ昆布の『おぼろ』って 春の季語である朧月夜の『朧』から 名付けられたのかなぁ?
    霞んでるから!
    もしそうだとしたら素敵だなぁ〜( ◠‿◠ )

    1. おぼろ昆布のおぼろの語源ですかぁ!
      こりゃ調べて見る価値が大いにありそうですねぇ。

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