「天職一芸~あの日のPoem 324」

今日の「天職人」は、愛知県犬山市の「仕出し屋」。(平成21年6月10日毎日新聞掲載)

大往生の婆さまを 野辺に送ったその晩は            子孫集いて偲び酒 拳固の数の競い合い             仕出し屋膳の精進は 薄口仕立て甘辛さ             儚き人の一生と どこか似ている味気なさ

愛知県犬山市で明治4(1871)年創業の仕出し屋「寅屋」。四代目主の佐橋利英さんを訪ねた。

濃尾平野を緩やかに河口へと下る木曽、長良の大河。

共に太古より、鵜飼漁法の伝統が今に受け継がれる。

「まあ、ちょっと木曽川の鮎でも召し上がってみて。これは鮎を甘露煮にした『あゆかん』と昔から呼んどるもんやけど」。利英さんは、飴色をした鮎の姿煮を差し出した。

「初代の寅吉が、魚屋町(うおやちょう)で一膳飯屋をやりかけたのが始まり。寅吉はでっぷりと太って、腹がドーンと突き出とったもんで、周りから『大寅』って渾名され、親しまれたらしい。それでそんなら屋号も『寅屋』でええわってことで」 。

利英さんは昭和12(1937)年、この家の次男として誕生。

だが、中学2年の年、兄は嫁と幼子を残し急逝。

跡取り息子に先立たれ、家業は両親と兄嫁とで切り盛りし続けた。

利英さんは高校を出ると、他所の仕出し屋で修業に。

「まあ丁稚奉公やわね」。

翌年、知り合いの勧めで、料理専門学校に入学。

2年後には栄養士の資格を取得し、料理教室の教壇に立った。

「22歳の年に家へ戻って、今度は家で料理教室を開きましてねぇ」。

しかし昭和38年、大黒柱であり続けた父が他界。

「それから本格的に家業を継ぐことになって、周りの勧めもあり、兄嫁と一緒になったんやわ」。

兄嫁政子さんと結ばれ、忘れ形見の長女典子さんが養女となった。

「その典子の連れ合いが私で、婿入りしたんですわ」。

傍らから五代目を継ぐ佐橋好春さんが、話しに分け入った。

そして翌年、利英さんと政子さんの間に、長男範保さんが誕生。

ちょうど世は、東京五輪に歓喜した年だった。

「家は仕出し屋でも、冠婚葬祭や仏事とか会合が中心。明治の初めに寅吉が始めた一膳飯屋が、やがて仕出し専門に代わり、お客さんが丼持って料理を買いに来るようになったんやわ。昔は本店の裏に映画館があって、切り溜めに料理を作っては、出前に行ったこともあったほどやて」。利英さんは記憶を手繰り寄せるように、目を閉じた。

「結婚式の披露宴の祝い膳なんかやと、12~13品もの目出度い料理がズラッと並んで。そりゃあもう華やかやったって。昔は家々に膳もお皿もあって、その家のお皿に綺麗に盛り付けるんやわ。でももう最近じゃ、そんな家あれへんって」。好春さんが苦笑い。

明治初期から親しまれ続ける寅屋の「あゆかん」は、まず鮎の串打ちに始まる。

次に煮崩れを防ぐために素焼きし、大鍋で40~50分ほど水煮する。

「素焼きしとかんとさいが、尻尾が溶けてまうで」。

そして身と骨が柔らかく煮上がったところで、砂糖と醤油に隠し味の梅干を加え、弱火でさらに1時間煮詰めれば完成。

この町で、夏のお菜(さい)と親しまれ続ける「あゆかん」。

一度(ひとたび)職人の手に掛かれば、晴れの日を寿ぐ膳の、見事な名脇役へと生まれ変わる。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 324」」への8件のフィードバック

  1. 娘の雛開きのお祝いに、お客さんを呼んで、仕出し屋さんから、ご馳走をお頼みしました。とっても美味しくて心に残っています。最後は親戚のカラオケ大会となり、メッチャ近所迷惑でしたが良い時代だったとも思います。
    それにしても、家業を継ぐことを皆さん素直に受け入れている方が多いですね。
    親御さんのご苦労を見つめていらしたからでしょうか。

    1. 人生の定めって、簡単なようで、それでいて中々苦難なこともおありになるようですねぇ。
      しかしそんなことにも、なかなか抗えないものですよねぇ!

  2. 骨の心配がいらなくて、丸ごとかぶり付ける鮎の甘露煮って美味しいですよねぇ。

    1. 骨までクタクタで、喉に詰まらせ心配も無くって、美味しいもんですねぇ!
      お気に入りの熱燗や冷酒があったら、これまた最高!!!

  3. 我が家は本家なので 以前は法事を行う度に 仕出しを注文してました。
    15人程のご飯とお味噌汁も。
    大型の炊飯器と鍋に入って届きます。
    最初から最後まで 気を張り詰めてたのを思い出しました。
    いつからか簡素化されたので 遠い昔のようです。

    1. ぼくも田舎のオジチャンの家の葬儀の席で、子どもながらに宛がわれる仕出しに興味津々だったものです。
      だってお母ちゃんの料理じゃ、とても目にしたことも無いものも一杯あって!
      でもどれもこれも迷い箸で、ちょいと摘んでまた次へ!
      やっぱりお母ちゃんの手料理が大好きでしたねぇ。

  4. 仕出し屋さん、ワタクシが住む市之倉にも以前は三軒ありましたが、今は一軒のみ。毎年、同年の新年会を行いますが今年は中止に、、、。

    1. 仕出し屋さんの料理って、もう随分食べてませんねぇ!
      大広間に皆が集って、マスク無しで仕出し料理で一献ってぇ普通の日々が、一日も早く戻って来てくれますように!

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