「天職一芸~あの日のPoem 178」

今日の「天職人」は、愛知県岡崎市の「あぶら屋主人」。(平成十八年二月二十一日毎日新聞掲載)

今日のおかずは何だろう そっと炊事場覗き込む      蓮根牛蒡海老に烏賊 菜種赤水黒い鍋           宿題さえも手に付かず 聞き耳立てる炊事場に       ついにジュワッと油の音(ね) 今日は天麩羅給料日

愛知県岡崎市の太田油脂、四代目主人の太田進造さんを訪ねた。

「昔から『油は冬売るな』って。何でって?同じ目方でも、夏は油が膨張するでしょう。だから今ではグラム標示」。 進造さんは、眼鏡の奥で優しそうな瞳を瞬かせた。

創業は明治初年。

曽祖父が愛知県二川に水車式油工場を建てた事に始まる。

祖父の代へと移り、菜種や桑苗などを扱う、現業の前身となる農作物問屋を明治三十五(1902)年に開業。

進造さんは昭和十一(1936)年、七人兄弟の二男として誕生。

翌年、二代目となる祖父が、菜種の本格的な搾油(さくゆ)業に乗り出した。

「油に関する記念館の、この『あぶら館』が生家です。こんな狭い所で当時は十三人が寝起きしてたんだから、高校まで勉強部屋も貰えんかったはずですわ」。

そして進造さんは、名古屋の大学に進学し、まるで運命にでも導かれたかのように山岳部へ入部。

そこで一つ年上の美しい女性と巡り逢い、彼女への想いを募らせながら剣岳や穂高を制覇した。

昭和三十三(1958)年、東京の商事会社に就職。五年に及び、油の流通分野に身を晒して帰郷。

「今の時代と違いますから、長距離電話も高いし、Eメールもありませんでしたから、もっぱら妻とは文通でしたかねぇ」。ちょっと照れ臭そうに、若き日を振り返った。

昭和三十九(1964)年、進造さんは遠距離恋愛を成就し、陽子さんを妻に迎えた。

東海道新幹線が開通し、東京五輪に日本中が沸いた。「新婚旅行は東京へ。開通したての新幹線に乗って。でもお金がもったいなくて、自由席で。せめて指定にしとけばよかったのにねぇ」。

その後一男一女が誕生。家業に就いた進造さんは、製造から全ての作業に従事した。

「子供の頃から見て育ったからね。当時は、家も工場も一緒でしたし」。

搾油作業は、菜種を篩(ふる)いにかけ、異物や鞘、それに小石や土を払い落とすことから始まる。

次いで大きな炒り釜で十分ほど乾煎り。圧搾機(あっさくき)にかけて油を搾り出す。

「昭和三十(1955)年頃まで使用していた油圧式の圧搾機で、一日に一台で二百㌕搾ってその二割が菜種の赤水(菜種油)に。今は機械も進歩したから、四割程の油が搾れるんかなあ」。

代々地元産の菜種にこだわり続けた。「愛知の菜種は、鹿児島・青森と、三大産地の一つでしたから」。昭和三十一(1956)年の全国菜種作付番付によれば、愛知は堂々の大関。 搾油業が隆盛を極めた昭和二十五(1950)年から三十(1955)年頃にかけては、愛知県内だけでも二百社を下らなかった。

しかしそれが現在は、たったの三~四社とか。

戦後の急激な産業の発展は、その代償として農地を工場が蝕んでいった。「その結果、原料も輸入に頼るように。でも家は、出来る限り国内物にこだわって、創業時の精神を守って行きたいんです」。

赤水と呼ばれる菜種油。

その名の通り橙色(だいだいいろ)に近い。

瓶の底には気温が低いため、レシチンの白い蝋(ろう)分が漂う。

まるで菜の花畑の向うに揺れる、春の陽炎のように。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「天職一芸~あの日のPoem 178」」への5件のフィードバック

  1. こんにちは。
    ・あぶら屋主人のお話ですね。
    ・油専門店なのですね。
    ・なたね油を、作っているのですね。
    ・機械(圧搾機)を、使って絞っているのですね。
    ・色々な油(オリーブ油,胡麻油,えごま油,アマニ油等)が、有りますね。
    ・私は、写真のなたね油を、見た事有りません。
    ・キャノーラ油,オリーブ油,えごま油,米油,胡麻油は、見た事有ります。

  2. 油と言えば!
    私の髪に欠かせないのが「椿油」
    少ない髪に馴染んで、中々イイですよぉ⤴
    匂いも気にならないし、しっとり!潤います!
    少ない髪の落武者ヘアーだから大切にしないとねぇ!

  3. こだわり大事ですよね!
    「赤水」お店で見かけたら きっと手にしてしまうほどの独特な風貌( ◠‿◠ )
    香りに特徴があるのかなぁ?
    我が家では 胡麻油やオリーブオイルに加え やっぱり息子達の体重増加や体内脂肪増加を常に気にして 脂肪が付きにくい油やアマニ油やエゴマ油を利用してます。
    まぁ 私の自己満足ですけどね(笑)

    1. 揚げ物好きなぼくとしても、やっぱり気になりますもの。
      でもやっぱり、揚げ物好きは止められませんが!

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