「昭和Nostalgia」(280)

「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらのP20kotonohaのコピー(city.hida.gifu.jp)

残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も柿下 剛さん(神岡町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。

甚だ勝手な㊗飛騨市制20周年記念song「飛騨びと達の、SOYAな SOYAさ」をyoutubeにアップしました~っ!記念ムードで盛り上がる、飛騨市の雰囲気を歌い上げま~す!

今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

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これを一目ご覧になって、何だったか思い出せた方は、これまた立派な昭和人に違いありません!

昭和の時代の海外旅行の必需品の一つ「トラベラーズチェック」ですねぇ。

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それにしても、懐かしいですねぇ。

ぼくも何度かトラベラーズチェックのお世話になったものです。

26~27歳くらいの時に、独りで初めてニューヨークを訪れた時も、トラベラーズチェックを持参し、地下鉄に乗ったり五番街やセントラルパークにタイムズスクエアを歩く時には、靴下の中に100$札を隠した覚えがあります。

当時のクレジットカードは、下のインプリンターで、カード番号の凸部を伝票に転写したものでしたねぇ。

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今じゃもう、まったく見かけることも無くなっちゃったように思います。

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そう言えばパスポートも、今のモノと比べるとずいぶん大きかったものでしたねぇ。

スーツの胸の内ポケットに仕舞うにゃあデカ過ぎて!

かと言って、機内持ち込みのブリーフケースに仕舞っていると、パスポートコントロールや税関で見せるのに、また鞄の中をゴソゴソしなきゃいけないしで、ちょっと申し訳ありませんが、実用性からは幾分かけ離れていたような?

でもパスポートは、さすがにぞんざいには扱えませんものねぇ!

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まだ客室の中に、個々にセイフティーボックスが設置される前の時代、ホテルにチェックインするとフロントの奥や脇にあったセーフテイーボックス専用ルームに入って、割り当てられたセーフティーボックスに、パスポートやらトラベラーズチェックなど貴重品を仕舞い込んだものでした。

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まぁ、いちいち出し入れが面倒だったこと!

でも今でも使えなくなったパスポートは、そのまま旅の記録として残っております!


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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和Nostalgia」(280)」への2件のフィードバック

  1. 毎回 『懐かし〜い』の言葉を呟いてる自分に笑ってしまいました。
    トラベラーズチェックを初めて手にした時は ちょっとした高揚感と何これ?って感じでしたね。
    同僚と初めての海外旅行(ニュージーランド) 。パスポート同様 「どこに入れとく?」な〜んて 二人で相談しながらの準備から始まり 手荷物いっぱいでの帰国。
    もう海外に行く事もないだろうけど 期限切れのパスポート 大切に持ってますよ( ◠‿◠ )

    1. パスポートは、記憶の欠片を紡いでくれる、記憶装置のスイッチのようですよねぇ。
      どうかいつまでも、期限切れのパスポートを宝物にしてくださいね~っ!

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