飛騨市の「広報ひだ」6月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらの25710.pdf (city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も勝田萌さん(古川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

子どもの頃、わが家の辺りにも「わらび餅」屋の曳売り屋台が回って来たものです。
茹だる様な暑さの昼下がり、屋台のオッチャンの「わらび~餅、甘くて冷た~いよ!」の節回しが聴こえてくると、「わらび餅買って!買って!と、ついついお母ちゃんにねだったものでした。

でも記憶によれば、それもせいぜいたったの一度か二度だけ!

こんな舟盛のわらび餅を、お母ちゃんと食べたのが懐かしい想い出です。
今じゃあ、木製の舟盛りじゃなくって、こんなウエハース盛りみたいですねぇ。

それにしても懐かしいですねぇ。
今じゃあすっかり「わらび餅」の曳売りのオッチャンなんてお見掛けしませんものねぇ。

そりゃそうでしょうねぇ、これだけ酷暑では曳売りのオッチャンが熱中症で干からびちゃいますものねぇ。
それはそうと曳売りは曳売りでも、さすがにぼくもこんな、金魚の曳売りは未だ見たことありませんねぇ!

でも、それにしても妙に涼し気ですねぇ。
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わらび~餅は屋台ではなく軽トラでした。
蝦夷の地では、
全く出張販売なるものはなく、
内地に来てから団地内では見かけました。
八百屋さんも小型トラックで店を拡げてましたし、
豆腐屋さんは軽トラでやってきました。
良いのは駄菓子も売っているところです。
本題のわらび餅ですが、
どーも純粋な駄菓子に走ってしまいスルーでした。
買って食べておけばここでお話できたかも・・・
今では不衛生とまで言われることもある移動販売。
とは言え、
気配を感じればウキウキしてしまう。
文化として定着して欲しいと思いますね。
今も炎天下の中バイクで走ってきました。
わらび餅!
遭遇してたら間違いなく買ってた(*^▽^*)
この時期、バイクもアッツイでしょうねぇ!
そんな時ゃあ、わらび餅でヒンヤリ、キリン晴れ風でも一つヒンヤリ!
これに尽きるんだよなぁ!
チリ紙交換➡わらび餅➡不用品リサイクル
と、軽トラも時代と共に変遷!
軽トラって、可愛らしい癖に、実に機能的な存在ですものねぇ。
昔は軽トラの荷台に何人かで乗って、目的地まで連れて行ってもらうなんて、今じゃあ考えられないような光景が、あちらこちらで見られたものでした。
資源回収の時にトラックの荷台に乗るのが楽しみでした!
今は、、、多分禁止ですね!
子どもの頃って、非日常な事って何でもかんでも魅力的に映ったものでしたものねぇ。
だから普段乗れない荷台なんて、なかなかアドベンチャーだったことでしょうねぇ。
「わらび〜もち 冷たくて美味しいよ」でした。軽トラックで夏のお楽しみでしたけどね。モナカの中に入っているなんてもう無いでしょうね。
まぁ昔は、今ほどあれやこれやと、衛生面でやかましくなかった、ゆる~い時代でしたものねぇ。
とろけるような暑さでは無かったですもんね。それなりに暑かったですけど 夕立があって夕涼みがてら 花火をして 蚊に2、3ケ所刺されて 爪でバッテンをして それでおしまいでした。
確かに気温は恐ろしく上がる一方ですものねぇ。
はてさてこれから一体どうなっちゃうんでしょうねぇ。
今日は突然の雨のあとに 夏の匂いを感じました。あまりの大粒の雨に驚きましたが少しは 木々も潤っているようでした。
突然の雨は、いつの間にやらゲリラ豪雨とかって呼ばれるようになってしまい、久しく夕立って言う趣のあった気象表現も聞かれなくなっちゃいましたねぇ。