飛騨市の「広報ひだ」6月号「飛騨びと 言の葉綴り」が掲載されました。
「広報ひだ」の『飛騨びと 言の葉綴り』がこちらの25710.pdf (city.hida.gifu.jp)
残念ながら広報ひだの本誌は、紙面のスペースに限りがあり、掲載文は抜粋版となっております。文字数制限のないweb版も勝田萌さん(古川町) – 飛騨市公式ウェブサイト (city.hida.gifu.jp)併せてご覧いただければなによりです。
今日の「昭和Nostalgia」はコチラ!

ぼくもこんな竹馬をお父ちゃんが作ってくれたものでした。
最初まだ慣れない頃は、地面から10cmくらいの高さに足場を組んでもらい、それが慣れて来ると徐々に足場の高さを上げ、最終的には30~40cmくらいの高さの竹馬を乗りこなした記憶があります。

でもぼくなんかよりも春かに運動神経の発達していた友は、1mちかく足場を上げた竹馬を、軽々と得意げな顔して乗りこなしているものもいましたねぇ。

もっと小さな子たちは、こんな空き缶に紐を通した「缶ぽっくり」なる代用品を、カチャカチャ音を立てて遊んでいたものでした。
でも当時は、路地裏なんて舗装もされておらず、小石を踏みつけてバランスを崩すこともしばしばでしたねぇ。
しかし今の齢となっては、それでなくとも躓きやすくなってしまっていますから、缶ぽっくりも容易じゃないでしょうねぇ。
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缶ぽっくりはスルーしたかなぁ。
竹馬はやったよ。
当然男子は競うよね。
後は、
竹馬鬼ごっこ!
これはやりにやった!
勿論範囲を決めてね。
楽しかったなぁ。
捕まりそうになると竹馬放棄して足で走り出す奴いたもんな。
勿論鬼チェンジですけど。
江戸時代からの玩具?
我が家の姫たちは幼稚園で必修科目でしたよ。
オイラに似たのか上手ってのか、
足場が1メートル位のヤツにシレっと乗ってた( 一一)
そりゃあお嬢様、滅法運動神経が発達していたのでは?
家の娘もそう言えば、器用に一輪車を乗りこなしていたものです。
ぼくはからっきしダメでしたが!
缶ぽっくり… 小さい頃 お父さんが作ってくれました。
大きめの缶詰は 普段なかなかある物じゃなかったので 親戚の人などからフルーツの缶詰を頂いた時にだけ作ってくれました。
只々歩くだけなんだけど 少しだけ高い所からの眺めは いつもと違って見えた覚えがあります。
初めてハイヒールを履いた時と同じような感覚…。
それだけで楽しかった良い時代です。( ◠‿◠ )
そいつぁー、お父様とのかけがえのない想い出そのものですねぇ。
昭和の時代ならではの、遊び一つも身近なものを工夫したんですものねぇ。