
「あっ、ちょっと待ってな」。
事務員はそうつぶやきながら、傍らの電話機を取り上げた。

「ああ、こんにちは。駅前の観光協会ですけどなあ、すんませんけど今日の予約に・・・」。
事務員は受話器を手で塞ぎ、木乃葉と老人に尋ねた。
「なんという方でしたやろか?」。
「モッくん!」。
木乃葉が元気よく応えた。
「モッくん?いやそうじゃなくて、苗字は?」。
事務員は優しく木乃葉に尋ねた。
「苗字は、大橋」。
「どこからおいでたんやろか?」。
再び事務員が尋ねた。
「名古屋市〇〇区ですわ」。
老人が木乃葉に代わって応えた。
「すんません、お待たせして。名古屋市〇〇区の大橋さんという方の予約入ってませんやろか?」。
事務員は受話器を塞いだ手を外して、電話口に向って告げた。
「アッ、ハイ。5人の予約が・・・」。
事務員は受話器もそのままに木乃葉に尋ねた。
「大橋さんて方の予約5人さんで入ってるそうなんやけど?それで間違いあらへんやろうか?」。
「うん!モッくん家は5人家族だもん」。
「どうもありがとうございました」。
老人は事務員に深々と頭を下げた。
木乃葉も老人の傍らで、ぎこちない姿勢で頭を下げた。
「こっから砦岬までやったら、あそこのロータリーからバスが出とるで、あれん乗ってったら直ぐやで」。

事務員は親切にも案内所の外まで木乃葉と老人を見送りに出て、ロータリーのバス停を指差した。
「砦岬いうんわな、戦国時代のむかし、ここらを治めておられた九鬼水軍の砦があった場所なんさ」。

大下大サーカス伊勢公演の宣伝が印刷された団扇が、事務員の言葉に合わせてパタパタと音を立てた。
「あっ、それっ!サーカスの・・・」。

木乃葉は団扇を指差した。
「ああ、これかいな。今日まで伊勢でサーカス公演があってな、それの宣伝なんさ。これ、欲しい?」。
「う、うん。でもおばちゃんの大事なモノでしょう」。
木乃葉は遠慮がちにつぶやいた。
「ええんさ。こんなんまだ仰山あるし。さあ、もろとき」。
事務員は木乃葉の手に団扇を握らせた。
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木下大サーカス・・
一度名古屋へ見に行った事があります。
大きなテントこれ建てる時に大変やったやろうな~ぁ⤴
と会場へ行くと満員で座る所を探すのが大変!
おっ!エエとこ空いとるヤン!
慌てて座ると、なんとテントの柱で隠れて
何も見えない・・空いとるはずやわ~ぁ⤴
だからサーカスの記憶がない!
立派な柱を見に行ったようなもんでした。
そいつぁー、これまた記憶に残らないのがおかしなくらい素晴らしいご経験をなさりましたねーっ。
サーカスのテントも、相撲の土俵の柱のように、柱の陰になって見えなくならないようにと、柱を無くしちゃえばいいんでしょうけど・・・。
そしたらテントが支えられないかーっ。
息子がまだ幼なかった頃 一度だけ私の両親と共にサーカスを観に行った事があるけど 確か15分程で外に出て 駐車場に向かった記憶があります。
まだその頃 不勉強だったので後になってから分かるんですが 息子は場内の騒がしさに耐えられず パニック状態に。最初に何を見たのかも全く覚えてないけど 帰りの車内でようやく落ち着いた息子の様子だけは覚えてます。
もし 今見る事が出来たなら 少しは楽しんでくれるような気がします。『 熊〜 』って( ◠‿◠ )
そーでしたかーっ。
そりゃあ息子さんはさぞや驚かれちゃったことでしょうねーっ。
ご両親としては、お孫さんを楽しませたい一心だったんでしょうが・・・。
でもそれも記憶に残る出来事になったってぇことですかね。
広島市にいた頃、バイトで木下大サーカスの駐車場警備を数ヶ月やりました。籠の中をバイクで駆け巡る芸の後に、司会のおじさんが「見事に成功〜!!」と叫んでいたのが半世紀経っても耳に残っています。あと、雇用主の警備会社のオジサンが「にいちゃん、大学にはボッケー美人の大学生おるやろ。紹介したりんさいや」と岡山弁と広島弁を交えて何度も迫ってきたのにはまいりました。
しかしそれはそれは濃厚なご体験をなさったものですねー。
ぼくなんて広島弁と岡山弁の区別がつきません。