ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑧

美濃駅界隈「卯建つは上らねど『チキンのり巻き』揚げて、はや八十四年」

卯建つの昔屋並みを西に過ぎた、町外れの食堂。

写真は参考

家族連れがひっきりなしに、店先の暖簾をくぐる日曜の昼下がり。

「チキンのり巻き五人前ね」。

「あっ、こっちは三つね」。

客は席に陣取ると、メニューに目をやるでもなく、我先にと「チキンのり巻き」を所望する。

「家の名物やでね。『チキンのり巻き』は。衣にパリッとした海苔が載せてあって、昭和2年の創業から続くヒット商品なんやて」。

写真は参考

美濃市の美濃食堂。

二代目店主の古田省三さんは、白い調理師帽を取りながら笑った。

初期のビートルズのように、襟首辺りまで伸びた白髪が、画家か音楽家のようだ。

名物「チキンのり巻き」は、何と言ってもその柔らかくマシュマロのような、ふんわりとしたササミの食感に尽きる。

「ササミが新鮮なのは当たり前。衣に対するササミの厚さが、これぞ一番のポイントなんやて」。

小麦粉と卵に秘伝の材料を加えた衣で、ササミを包んで海苔を載せて揚げただけの代物。

とは言え、家に帰ってどんなに真似てみたところで、美濃食堂のチキンのり巻きとはいかない。

それが84年の歴史だと、改めて思い知るのが落ちだ。

「海苔のパリッとした食感と、見た目の艶が何とも食欲をそそるんや。なあ、和ちゃん!」。

写真は参考

客席の後片付けに追われる妻の後ろ姿に、省三さんが笑いかけた。

仲睦まじさに感心していると、「ぼくらまだ新婚間もないんやて」と。

ってことは、省三さんが67歳で結婚した勘定になる。

そうとあっては、何が何でもその馴れ初めを知りたいと願うのも人情。

「えらいおそがけに春が訪れたようで」と、ひやかし半分に水を向けた。

すると省三さんは、一瞬顔を曇らせた。

何でも平成14(2002)年に、家族を支え続けた先妻を失っていたという。

「すっかり落ち込んで、息子も店畳んだらどうやって。でもぼくは父が作ったこの店の暖簾を、まだ降ろしたくなかったんやて。それに孫の守して、自分自身の生甲斐を失いたくなかったし」。

張り合いも連れ合いも失い、抜け殻状態のまま店を続けたという。

しかしその4年後、夏風邪を拗らせ肺炎で入院する騒ぎに。

医師から息子と旧知の和子さんが呼び出され「何時息が止まるかわからん」と無情な宣告が下された。

直ちに専門の医療機関へと転院。

「もうあかんと思って、彼女に頼みこんだんやて。『仕事辞めて、ぼくの看病してくれんか?』って」。

それが67歳のプロポーズだった。

しかしその後、再検査を試みると、何処にも異常が見当たらない。

「人生捨てたもんやないって。嫁は来てくれるし、病気も治ってまうんやで。なぁ、和ちゃん!」。

美濃食堂の「チキンのり巻き」は鶏ではなく、もしかしたら鴛鴦(おしどり)なのかも知れない。

美濃食堂/美濃市米屋町(2011.9.13時点)

※美濃駅を背に北へ。広岡町の交差点を越え一本目左側

※余談/隠れた逸品は、腹開きの鰻の蒲焼き。80年以上継ぎ足された濃厚のタレが、パリッと焼き上がった蒲焼きを、その旨味で包み込む。県内の川魚問屋で仕入れる活きのいい三河一色産の鰻は、先代から80年以上続くという取引だけに、問屋の目利きが選び抜いた鮮度と質の良さは天下一品。

このブログのコメント欄には、皆様に開示しても良いコメントをドンドンご掲示いただき、またその他のメッセージにつきましては、minoruokadahitoristudio@gmail.comへメールをいただければ幸いです。

投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「ゆいぽおと「 長良川鉄道ゆるり旅」2011.9.13 ⑧」への7件のフィードバック

  1. チキンの海苔巻き・・
    美味しそう、鳥はイイよねぇ!
    高タンパク低カロリーだから
    初めて「ケンタッキー」を食べた時の
    あの美味しさ、思わずつぶやいたねぇ
    カーネル・サンダースさん
    ありがとう!
    でもさ~ぁ⤴
    歳には勝てないねぇ、若い時、3つ4つ食べれられたのに
    今じ~ゃ⤴2つ目に手が出ない・・

    1. いやいや、ぼくも同感です!
      ビールプッハァ~でも、さすがに1個が限界ですねーっ。
      ぼくの友人は、あのバケツのような紙の容器に入った、大盛りのパーティーバーレル?とか言うのを、股の間に挟んでビール片手に一人で全部平らげていたものです。
      もっとも20歳前後の時代の話ですが・・・。
      ぼかぁ無理!

  2. 海苔のパリパリ感が美味しそうですね。

    うなぎの余談話も美味しさが伝わり過ぎて 暖かな日に出かけたくなります。

    1. でもねーっ、もう残念なことにあの味わいが、食べれなくなっちゃったんですよねーっ。
      惜しまれてなりません。

umepyon へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です