毎日新聞「くりぱる」2004.6.27特集掲載①

素描(スケッチ)漫遊(まんゆう)(たん)

「斎宮(いつきのみや)界隈」

野花菖蒲に染め抜かれ、いつき野の郷に今年も忘れず夏が訪れる。

いにしえの雅やかな彩りで埋め尽くし、斎宮(いつきのみや)斎王(さいおう)まつりは、静々とした旋律をたゆたえ王朝絵巻を(うつつ)の世に導く。

写真は参考

祭りの後の静けさは、やがて訪れる蝉時雨までのわずかな休息。

ここ三重県明和町は、隔世の感が随所に溢れる特異稀な地だ。

皇女が(みそ)ぎの居を構えたことにも頷ける。

写真は参考

聖なる地の面影を宿した町だ。

だからなのかどうかは不明だが、駅前に喫茶店も食堂も、土産物屋も見当たらない。

何処ぞに面白い人はいないかと、道行く老婆と立ち話。

「あの家なあ土佐犬ばかり、5頭も()うとるんさ」と。

そう聴かされては、黙って通り過ぎることなど出来ない。

怖い物見たさと相まって、恐る恐る訪ねて見た。

「この子はサクラちゃん言うてなあ」。

三重県明和町の田端憲子さん(55)は、立派な土佐犬を撫で上げた。

「???エエッ?サクラちゃん?」。

何とも容姿に不釣合いな名前だ。

「何でサクラちゃんなの?」。

機嫌を損ねぬように切り出した。

すると「そりゃあ、桜の頃に家に来たからやさ」。

なるほど、あまりに短絡的過ぎて二の句の告げようもない。

憲子さんが土佐犬を飼い始めたきっかけは、不審者を威嚇するのが目的だった。

最初に憲子さんの元にやって来た、青森生まれの土佐犬は、生後3ヶ月、体長約30cmのあどけない顔の雄犬。

北島三朗に似ていることから「サブ」と名付けられた。

どうやら名付けの遍歴は、この時から始まったと見るべきか。

サブは成長するにつれ、勇猛果敢振りを発揮。

ついに6歳の年に、第70代の全国横綱を張った。

四股名(しこな)はその名も「斎王号」と名乗り、今年短い生涯を終えた。

写真は参考

「あん時は泣けて泣けてなあ」。

横綱の化粧回しで締め上げた在りし日の「サブ」。

大きな遺影を憲子さんは指差した。

2頭目は、3年前に他界したサブの妹。

「のぶえちゃん」と名付けられた。

再び「今度は何で?」と問うた。

「ああ、女の子やったで松原のぶえの『のぶえ』やさ」。

もうおのずと、他の名前も想像がつく。

「この子が、山本譲二のジョージ。こっちが、渡哲也のテツヤ。それと筍の頃に来たタケと、サクラの子供で、ボブ・サップみたいに強くなれと願ったボブ」。

今現在は、サクラを入れて全部で5頭。

一日朝晩2回の食事は、直径80㌢もある大きな鍋で、煮干や肉と野菜を煮込む。

1頭1回分の食事の分量は、大きなアルミの洗面器の半分。

大会を控えた朝夕の散歩は、1回5~6㌔の道程を軽トラックで引っ張る。

遠めに見れば土佐犬と言えどもやはり犬。

可愛らしく思えるが、いざ近寄ってみれば、雄犬の顔や身体のあちこちに牙の跡も生々しい。

年間7ヶ月に及び転戦が続く。

「それがこの犬の宿命なんさ。だから普段は思いっきり可愛がってやるんさ。試合の時は土俵に一緒に上って、私らもこの子らと共に闘っとんやでなあ」。

愛し方は千差万別。

猫可愛がりだけが愛ではない。

帰りがけ憲子さんがぼくを見送った。

離れた犬小屋から「ウオンウオン」。

写真は参考

大きく太い鳴き声。

だが怒っているようになどは聞こえない。

愛しい飼い主をひたすら呼び続ける、けなげな甘え声のよう。

なぜかぼくには、そう聞こえてならなかった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「毎日新聞「くりぱる」2004.6.27特集掲載①」への7件のフィードバック

  1. 私のウォーキングコースは
    小学校の通学路になっていて
    通学の時間とウォーキングが重なる道があり
    町内の見守りたいの方達もいます。
    そこには、多分?大型犬の秋田犬だと思う?
    デンと道路の真ん中辺りを陣取り、子供達を見守っているのか?
    飼い主は家族同然で人に襲い掛かる事はないと思ってるだろうけど
    こちらとしては、いつ襲い掛かって来るか?分からない・・
    犬の横を通るのは止めて、別の道へ ❢
    私だって犬は好きだけど、家のペットは大丈夫だと過信は禁物だと思う ❢
    今日は硬い話になってけど、常日頃、思ってたワン⤴

    1. 確かに大型犬って、やっぱりその存在感にちょっとビックリさせられちゃいますよねぇ。
      名鉄岐阜駅の前の居酒屋さんの歩道に飛び出すようなテーブルに、大型犬を連れて夕方になると旨そうに酒を飲んでみえる方を、帰りがけに良く目にしたものです。
      それはしつけも良くおとなしい大型犬でしたが、やっぱり避ける様に遠回りしたものです。

  2. ここの地って
    30年前から行ってるけどよくわからん
    なんかすごい歴史あるんでしょ
    しらんけど

    知ってるといえば
    その名は~~国際~秘宝かん~

    1. 電柱に国際秘宝館の誘導看板が掲げられていて、その矢印を頼りにナビのない時代に車を進めたことがありましたが・・・。
      結局グルグル回った挙句、たどり着けず仕舞でした。

      1. あれは
        いつだか……
        なくなってましたね

        今は確か、スーパーかパチンコやさんになっていた

  3. 昨年の夏の事、マンションの2階のお宅が2匹のワンちゃんを飼っていて、夜10時半頃になるとベランダでけたたましく吠えて、もう勘弁って言う感じでした。٩(๑`^´๑)۶
    『自分の常識は他人の非常識』

    1. そいつぁー困りものですよねぇ。
      ワンちゃんが苦手の方だっておいででしょうからねぇ。

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