毎日新聞「くりぱる」2004.5.30特集掲載①

素描(スケッチ)漫遊(まんゆう)(たん)

「紫陽花の夫婦」

梅雨の訪れを待ち侘びる、庭先の紫陽花。

大粒の雨を全身で受け止めようと、黄緑色の葉を大きく広げている。

写真は参考

頬に張り付くような南風を感じたら、梅雨はもうそこまで忍び寄っているだろう。

「ここで買って貰った傘の修理は、皆無料やて。何十年前に買って貰ったもんでも。高い部品の交換は、原価をいただくだけ」。

店先に大きな笑い声。

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大垣市郭町のオグラ洋傘店・小倉登羊衣(とよえ)さん(68)だ。

「何でこの店で買ったのがわかるの?」。

素朴な疑問を投げかけてみた。

「ここんとこにな、お客さんの名前が彫り込んだるんやて」。

柄と骨の付け根のところに、小刀で刻み込まれた苗字が浮かぶ。

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「これが主人の字で、こっちが私。主人が5年前に亡くなって、それからは私が見よう見真似で」。

店の入口脇の、一段高い小さな座敷が名入れの作業場。

登羊衣さんは両足を伸ばして深々と座り込み、丸い柄にスラスラと名を彫り込む。

「モノが売れんと世間で言われながら、私ら傘一本で3人の子供育てて来たんやで。代々続けて来た、この名入れのおかげやろな」。

明治10年代の創業当時は、和傘・番傘・蛇の目傘。

写真は参考

戦後になって洋傘へと主流が変わった。

登羊衣さんは岐阜県垂井町の出身。

高校時代から大垣へと通った。

「私、ソフト部だったの。毎日、大垣公園のグランドで練習してると、初老の紳士が回転焼きにラムネ買って、部員全員に配ってくれるんやて。『何処の誰か知らんけど、いい人やね』って皆で言ってたら、高校3年の夏休みに『ぼくの家にも、君と同じ高校出た息子がおるんや。お友達になったってもらえんやろかなあ』って」。

それが夫、一ニ(いちじ)さんと将来の義父との出逢いだった。

一二さんとは同じ高校の一つ違い。

しかし学び舎では、恋の芽生える気配すらなかった。

「ちょくちょく遊びに行くうちに、夫よりも家族と仲良しになって」。

一二さんは、女5人の姉妹に囲まれた只一人の男。

登羊衣さんの母が、結納前夜にこっそり洩らした。

「断るなら、今しかないよ。玄関から堂々と帰ってくるのはいいが、裏からこそこそは絶対ダメ」と。

義父に見初められ、息子の嫁にとまで口説かれた。

「でも主人が結婚前に言ったの。『あんたは、親父の嫁さんじゃない。俺が嫁さんに来て欲しいんやで』と、その言葉で嫁に入る決心がついたんやて」。

登羊衣さんは3人の子育てに追われながら、傘の仕入れから販売、そして値付けまでを担当し、一二さんは客の名入れ一筋に走り続けた。

雨宿りのような人生。

義父が差し掛けた一本の雨傘。

義父との相合傘は、やがて生涯を連れ添う伴侶との相合傘へと挿げ変わった。

参考資料

傘屋一筋、40年の歳月を共に歩んだ老夫婦。

二人の姿が、雨に打たれる度、その色を深めゆく紫陽花のけな気な姿と重なり合った。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「毎日新聞「くりぱる」2004.5.30特集掲載①」への12件のフィードバック

  1. 小学生の頃
    友達の家に遊びに行くと、そこのお母さんが
    和傘と提灯を作っていて、いつも物珍しそうに見ていたもんです。
    家の前の空き地には沢山の和傘が干してありました。
    話は変わるけど
    子供って雨降りとか雨降った後の水たまりで・・
    ビシャビシャやるんやろう?
    そう言う、自分もやっていたか
    ビシャビシャと ❢

    1. あのピッチャピッチャジャブジャブが、子どもにとっちゃあ梅雨時のアトラクションの一つですものねぇ。

  2. 就職祝いに、祖父に商店街の傘屋さんで一目惚れしちゃった傘を買って貰いました。今思うと当時では結構高かったと思います。妊娠していたある日、電車の中でうたた寝をしてしまい(私とした事が(汗))その傘を置き忘れたことがありました。直ぐに忘れ物センターに連絡して手元に戻ったのですが、あの時は焦ったわぁ(@@;)

    1. 傘の忘れ物って、ついつい知らぬ間にうっかりやらかしちゃうものですよねぇ。
      特にコンビニでその場しのぎで買った、ワンコイン傘なんて直ぐになくしちゃいますものねぇ。

  3. 今年も待ち焦がれた春の匂いと雨の匂いを感じて 少し嬉しくなりました。
    和傘には心惹かれますね。
    昔は宵祭りに行くと綺麗な和傘が出店に並んでいて立ち止まってました。子供でも買える ちっちゃな竹籤で作った傘にも なんだか ほんわかしてます。

    1. 爪楊枝と千代紙で作られた、ミニチュア和傘なんかが、喫茶店とかに飾られていたものでしたねぇ。

      1. わ〜そうでした。それからタバコの包装紙ではなんでもない柄だと思っていたのにセブンスターで作ってあったミニチュア傘が印象に残っています。懐かしいです。

  4.  紫陽花てすかー??

    『傘』 5〜6年前の母の日に 私のイメージカラー『ピンクベージュ 』だと息子夫婦が選んでくれた ブランド雨傘をプレゼントして頂きましたが、自転車通勤の私は『透明の傘しか 化使わないのよ』なんて言えないまま 
    月日が経ち 昨年の夏 友達とランチに行く時初めて開いてみたら、持ち手の皮がボロボロと 劣化 ショック〰〰〰 

    和傘も 結婚が決まった時に初めて作ってもらいましたかが 結婚式と、仲人さんの所への 新年のご挨拶に行った時 使っただけです、

    もし、誰か使われるときは ご楽連なく連絡くださいね

    1. ご結婚の時に和傘ですかぁ!
      さすが和傘産地ですよねぇ。
      和傘をさしてお年賀なんて、和服姿でシャナリシャナリって感じですねぇ。

  5. 傘を差して歩く機会 めっきり減りました。息子と共に働いていた時は 雨が多少強く降ってても歩いてたんですけどね。
    お気に入りの傘 持ってますよ。
    せめて傘だけでも華やかに…と思い(笑)。あと 雨の中を歩く時 目立ったほうが安全でしょ⁈

    1. 確かに確かに!
      地味な傘よりも、「俺はここにいるぞーっ!」つてな、自己主張型の色合いの傘って、身を護る傘になってもくれますよねぇ。

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