毎日新聞「くりぱる」2004.3.28特集掲載①

素描(スケッチ)漫遊(まんゆう)(たん)

「逞しき主婦の底力」

「家の子、未だにパパママって言ってくれなくって。二人で心待ちにしてた最初の言葉も『アンパンマン』。それってなんだか…」。

膝の上の子供の口に、ラムネ菓子を放り込みながら、東海市富木島町新米ママのY.I子さん(28)は、やっぱり少しガッカリ気味。

Hくん(2)が、バッグの中のラムネ菓子に向かって、人差し指を反り返るほど真っ直ぐ伸ばして「アーッ、ウゥーッ」。

「ハイハイ。もうこれで最後だからね」。

Hくんの声に合わせ、Y子さんの表情と声は、瞬時に慈愛に満ちた母親の姿へと戻っていった。

遠い日、小さな娘のあどけなさに接した、ぼくにとって至福のあの瞬間がよみがえった。

どんなに逆立ちしたって、取り戻すことなど叶わない、過ぎ去った日々。

子供は成長と言う名の下に、親から少しずつ、しかし確実に距離を置く。

「パパの事が『fun』で、私は『fun fun』みたい。いつも欲しい物を指差しては、『fun』とか『fun fun』って」。ちょっと物足りなさそうなY子さん。

だがそんな頃が、とても懐かしく思えて仕方の無い日が、きっと訪れる。

それまでは思う存分、Hくんの心の言葉に耳を傾ければいい。

Y子さんは名古屋市北区に生まれ、小学3年の時の社会見学で、東海市にあるコカコーラの工場を訪ねた。

写真は参考

「案内のお姉さんが優しくって、憧れちゃった。コーラもお腹一杯ただで飲めるし、帰りにお土産もらえるし」。

子供心は何時の世も、いたって現金なもの。

それから10年後、Y子さんは憧れの制服を身にまとい、工場見学の案内役として颯爽とデビューした。

写真は参考

地味な工場にあって、うら若き社内のコンパニオン嬢は職場の華。

当然コンパを装って、社内の男達が群がった。

「遅くなると必ず送ってくれた、3つ年上の人が今の夫」。

約3年に及ぶ交際を経て結婚へ。

「二人とも家が欲しくて、お金を貯めまくって。だからデートはいつも、不動産屋とハウジングセンター回りばっか。おかげで住宅会社の粗品で一杯」。

結婚式の一月前、念願のスイートホームが完成。

しっかりもののI家に、やがて小さな命が宿った。

「夫は女の子が欲しくって、『男だったらダッコなんて絶対しないぞ』って言ってたわりに、この子が生れた途端にもうベロベロ」。

ご主人はオムツの世話からお風呂まで、息子の成長に積極的に関わっている。

「『Hくんはオリコウチャンデチュネー』って猫なで声で顔中キスするもんだから、この子は嫌がっちゃって。でも夫はこの子が喜んでるって疑わないんだから。大いなる親バカぶりってやつかな」。

福々しいホッペのHくんが再びラムネ菓子を所望した。

「fun fun、アーッ、ウゥーッ」。

「この子が小学生になったら、家族みんなで工場見学に行くのが夢なの。そして帰りに3人分のお土産貰って。それって可笑しいかな?夫が勤めている工場に。しかも昔、自分が案内してた場所なのに」。

写真は参考

可笑しくなんて一つも無い。

むしろ微笑ましい限りだ。

夫の仕事に誇りを感じ、最愛の一人息子を連れ、夫婦の原点である出逢いの場所を訪ねる。

どんな豪華な海外旅行よりも、片道10分で行ける素敵な旅に違いない。

何と美しく気高い家族だろう。

帰りの電車の中で、Y子さんの台詞を思い出していた。

「いや、ちょっと待て・・・?」。

た、確か工場見学の後に「3人分のお土産貰って」って・・・。ちゃっかり物の逞しき主婦の底力。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「毎日新聞「くりぱる」2004.3.28特集掲載①」への10件のフィードバック

  1. コカ・コーラ工場見学へ一度行きたいと思っていますが
    調べたら月曜日~金曜日の平日だけしか見学出来ないようで・・
    でもさ~ぁ⤴
    呑めもしないのに ❢
    「キリンビール工場」へは見学に行った事があるんです。
    グッズショップで「Tシャツとキャップ」を買い、結構お気に入りです。
    一度、オカミノファミリーの皆さんで
    大人の遠足みたいな感じの小旅行へ行きたいもんです。

    1. 大人の遠足も、大人の社会見学も、とても楽しそうでよいですねぇ。

  2. すっきり 爽やかなディスプレイですね。
    喫茶店に行くまでもなくコーラにホームサイズのアイスクリームを乗せて食べるのが好きな時がありました。懐かしいです。田舎ではなんでも家で真似して作ってましたけれども 今日は寒すぎてコークハイなら あったまるでしょうか?

    1. あったかなお部屋でコークハイなんて、とってもお似合いじゃないですかぁ!
      適度に甘くって炭酸シュッワーで、ついつい飲み過ぎちゃうんですよねぇ。

  3. 工場見学と言えばキリンビールの工場見学。見学の後に試飲が出来るんだよねぇ。もう最高⤴️  
    また、行きたいなぁ(*´∀`)

    1. 工場見学の後でいただくキリン一番搾りの生は、とんでもなく美味しいですものねぇ!
      ついつい飲みたらなくって、下のレストランで梯子酒になっちゃうんですよねぇ。

  4. 工場見学いくつか行きましたよ。
    工場の形はさまざまでしたが…
    自動車、お菓子、豆腐、ヤクルト、醤油、マヨネーズ、味醂、味噌etc。
    もちろん全てお土産付き( ◠‿◠ )
    一番最初は小学生の頃 自動車工場へ。訳もわからず見て周り 帰りにミニカーを頂き…。全く興味無しでした(笑)
    大人になってから いろいろ見学をさせて貰いましたが 肝心なビール工場には行った事がないんです。いつか必ず行かなきゃ!
    想像するだけでウキウキしちゃう。

    1. ぼくも小学生の時、自動車工場の社会見学に行きましたねぇ。
      お土産にいただいたのは、キンピカのカローラの灰皿だったですが!
      灰皿なんて小学生には不要ですから、お父ちゃんにあげました。
      ところがお父ちゃんは、勿体ないからと言って、土産物のこけしなんかと一緒に飾ってましたねぇ。
      あれって、その後どこへいったのやら・・・。

  5. 15年くらい前ですが、会社の慰安旅行で うなぎパイの工場見学に行きました。
    うなぎパイのキーホルダーが頂けましたが (◡ ω ◡)

    見学後は ほぼ全員が、お土産にうなぎパイですよね~ (◔‿◔)

    サービスエリア等では見かけない 何種類かが入った袋入りや 割れせんみたいな ちょっとお値打ち品も、買って来ました (◠‿・)—☆

    噂によると、キリンビール工事でしか買えないお土産が有るとか??? 
    ポッキーだったかな??? 
    お代わりは何杯迄 ??
    あ〰〰〰 気になる〰〰 w(°o°)w

    来週は 温かくなるとか 
    ビールが 美味しい季節 (◍•ᴗ•◍)❤ 

    1. キリンビールの工場見学の時は、生ビール2杯をお好みで選んで、美味しくいただいたものですよ。
      ポッキーじゃなくって、大きなプレッツェルだったような?

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