「三河wonder紀行⑫」

『夢?の揺りかご』

2007.秋 季刊誌掲載

辺り一面、青々とした稲田が続く。

ギラギラと容赦なく照り付ける夏の太陽を、稲田にたっぷりと満ちた水面が弾き返す。

汗と土埃に塗れて黄ばんだランニングシャツ。

継ぎ当てだらけの半ズボン姿。

磨り減ってペラッペラになったビーチサンダルを突っ掛け、そこらじゅうにペタペタッと薄っぺらな音を撒き散らしたものだ。

昭和半ば生まれのぼくは、毬栗頭を麦藁帽子で被い、首から斜めに竹の虫篭をぶら下げ、タモを片手に日が暮れるまで駆けずり回ったものだ。

ところが目の前に広がる光景は、そんな記憶の中の風景とは異なる。

夏休みの真っただ中だというのに、学習塾の入り口に屯する子どもらの姿。

ぼくが子どもの頃なんて、夏休みの宿題をいつまで放ったらかしにしてあったかが、腕白どもの勲章のようなものだったのに・・・。

日焼けの黒さや、生け捕りにした昆虫たちの数、カブトやクワガタの大きさがモノを言ったものだ。

ここは碧南市寄りの安城市東端町。

安城と言えば、ぼくの小学校の教科書には「日本のデンマーク」なんて書かれていたもの。

写真は参考

確か社会見学で連れて来てもらった記憶が。

その名の通り、見渡す限り一面が田んぼだらけだったはず!

と言ったところで、本物のデンマークは見たことも無いのだが・・・。

でも今じゃあそんな面影すらすっかりなくなり、アチコチに街が伸びて大きな工場が立ち並ぶ。

じゃあもう小学校の教科書には、「日本のデンマーク」っていう、あのフレーズも消え果たのかなぁ。

この辺りに昔懐かしい乳母車屋があると聞き、あっちをウロウロ、こっちをウロウロ。

「あっ、ここだ、ここ!」。

ガラス戸越しに乳母車を発見。

写真は参考

あんな立派な乳母車に、一度は乗せてもらいたかったなぁ・・・。

ぼくが子どもの頃なんて、あれほど立派な籐製の乳母車なんて、大きなお百姓さん家とかお金持ちの家でしか見かけなかったものだ。

「まぁ、中に入ってゆっくり見て行きん」。

店の奥から女将さんが顔を覗かせた。

インテリア磯村の二代目女将、磯村芳子さんが親しみのある笑顔で手招いてくれた。

「昔は嫁さんの実家から嫁ぎ先に、お宮参りの時に贈られたじゃんねぇ」。

乳母車の両脇には、浮彫りのように、嫁ぎ先の家紋が編み上げられ初孫の誕生を寿いだ。

「これまた立派!枕と日除けの幌までついちゃって」。

写真は参考

「これは完成までに3週間ほどはかかるらぁ」。

店の奥の作業場から、二代目乳母車職人の磯村義勝さんが姿を見せた。

「結婚して子どもが出来た頃は、どんどんどんどん売れて、すぐに在庫がなくなってまうもんで、奥に隠しとったほどじゃんねぇ」。

「だから家の二人の息子らも、結局乳母車に乗せんじゃって、背に負んで育てただもん」。

妻は懐かし気に夫を見つめた。

まあしかし、豪華な乳母車に乗せてはもらえなかったが、ちゃんと立派に育ったのだから、何はともあれ両親に感謝感謝。

そしてやがて最後は、煌びやかな車に乗せられて、焼き場へと向かう運命か!

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「三河wonder紀行⑫」」への10件のフィードバック

  1. 乳母車に乗せて貰った、記憶は、当たり前だけど・・ない❕
    家の近所でボロボロな乳母車を押して、畑に向かうお年寄り(おばあさん)を見ます。
    タイヤのきしむ音をさせながら、おばあさん畑仕事へ
    今日も元気で良かった❢
    でも、こんな昭和の風景も・・
    きっと、このおばあさんで最後になるんでしょうか?
    と、センチメンタルになる、僕チンでした。

    1. 畑仕事で腰の曲がったお婆ちゃんが乳母車を押して、畑仕事帰りには作物を入れて家族の待つ家へ。
      そんなお婆ちゃんの姿を見かけると、そうやって身を粉にしながら家族を守り抜かれたのだろうなと、つくづく頭が下がる思いに駆られちゃいます。

  2. そうなんですね。私は安城が「日本のデンマーク」と知ったのは高校を卒業してからです。ずっと そのイメージでいました。田園風景に乳母車は似合いますね。 

    浮き彫りのようになっていて
    美しいですね。

    1. 田園都市がしかし工場化している現状は、なんだかもの悲しいものでもありますし、恒常化が進んだ街で作られた農産物にはやっぱり、ぼく的には抵抗があります。

  3. 一枚目の写真 よく見ている風景です。
    自宅から10分もかからないので( ◠‿◠ )
    安城市は まだまだ田園風景も多く 車を走らせると心穏やかになります。雨あがりに太陽の明かりが差し込むと 一面がキラキラして物凄く感激しちゃいますよ。
    いつまでも変わらない風景であって欲しいと願うばかりです♡

    1. 四季折々の表情を見せてくれる稲田は、ぼくにとっても心安らぐ少年期の原風景そのもので大好きな光景です。
      先日も車で少年期を過ごした街を通り抜けましたが、所々で記憶の断片に繋がる風景を見つけ出すのがやっとでした。

  4. 籐で出来た乳母車じゃないけれど、保母さんが数人の園児を乗せてお散歩してる姿を見かけた事があります。いや待てよ、最近見かけない。う〜ん、私が外に出なくなっただけかぁ(^o^;)

    1. 確かにコロナの影響もあって、必要火急な事が無い限り、行動範囲そのものを狭めている気がしますねぇ。
      もともと率先して運動する方じゃないぼくは、股関節を少々痛めたこともあって、まったくもって出不精になっちゃってます。
      まぁ、股関節を炒めた原因は、歩きすぎだったようですけどねぇ・・・トホホ。

      1. オカダさ〜ん 凄いですね。
        歩きすぎなんてね。

        先日、テレビで「右足出して左足出したら 歩ける」って歌っていたので 今更ながら感心していました。

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