『落ち鮎たちの宿命』
2006.冬 季刊誌掲載
くりがら渓谷から山間を下る男川の清流。
川面へと迫り出す木の葉も、心なしかその色を染め、本格的な秋の訪れを待ち侘び、その身を焦がすようだ。
水面に浮かぶ影二つ、風と戯る秋茜。

森に宿る生きとし生けるものすべてが、息を凝らすように儚い秋を惜しみ、自らの短い命と引き換えに、やがて訪れる春に期し、新たな生命を大地や水中へと託す。
額田の森が誕生してから今日まで、連綿と繰り返される森羅万象の逞しき営みだ。
男川の簗場。
簗で堰き止められ、なすすべもなく簾の上で跳ねる、鰺かと見紛うほど大きな落ち鮎。
鮎もここで捕まってはなるものかと、尾を竹の簾に叩きつけながら、簗場から決死の脱出を試みる。
そんな鮎を子どもたちが素手で追い駆ける。

見ている者には滑稽なものだが、その実物凄くシリアスなドラマが、生と死の淵を境に繰り広げられていた。
お腹の子を何としても守り抜こうとする、母鮎の姿が労しい。
「やったぁ!」。
鮎を両手で見事掴み上げた、男の子の奇声がこだました。
「だめよ!そんなに強くいつまでも握ってちゃ!」。
まるで背後から、遠き日の鬼担任みたいに容赦ない声が飛ぶ。
悪戯を咎められたかのように、ついついぼくまでピクリッと首をすくめてしまった。
「天然の落ち鮎はみんな、お腹ん中いっぱいに卵を宿してるんだから、力強く握っちゃったら卵が潰れちゃうじゃない!」。
岡崎市淡渕町の男川やな、女将の梅村成美さん(59)は、立たされ坊主のように思わず首をすくめたぼくを前に、そう言い放った。

「これで黒板消しでも持たせたら、昔のヒステリックな担任そのものだなぁ」。
思わず心の中で毒づいてしまった。
「あっ、ごめんごめん。ついつい昔の癖で、パンパンッと言っちゃって。だってさあ、その情けない姿が、まるで昔の出来損ないの教え子みたいだったから」。
成美さんがやっと親し気に笑ってくれた。
「ってことは、元は先生だったってこと?」。
「そうそう。20歳の4月から、44歳でこの簗を始めるまではね」。
岡崎市内の小学校4校で、教鞭を揮ったそうだ。
「さあ、召し上がれ!」。
はち切れんばかりのお腹に無数の卵を抱いた、落ち鮎の塩焼きが差し出された。

「はふはふはふ・・・。うっめ~っ!若鮎とはこれまた一味違って別物みたい」。
ぼくはひたすら美味なる落ち鮎に夢中でかぶりついた。
「3月から4月の若葉の頃まで、上り鮎が男川を遡上し、川上で雌鮎と恋をして、子を成し産卵のため川を下って来るのよ。それが落ち鮎」。
再び落ち鮎を簗場で待ち受けていると、痩せっぽちの体が傷だらけでボロボロになった鮎が簾の上に。
「それはねぇ、雄の落ち鮎よ!」。
ぼくの驚きを成美さんが笑い飛ばした。
「雄の宿命よねぇ。精魂尽き果てて体もボロボロ。それでも必死で雌のお腹に子を託し、この世に別れを告げてゆくんだから」。

何とも重すぎるお言葉。
紛れも無く雄そのものであるぼくは、肩を落とし簗場でただただ項垂れた。
そして簾の上で動かなくなった雄の落ち鮎を、男川の水の中へ。
すると川の流れに身を任せ、ボロボロの体で微かに尾鰭を振り、静かに下り始めた。
「雄鮎よ、お疲れさまでした!」。
天国はこの川の先に、きっとある。
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では、ご要望にお応えして❢
えっ?
いきになり「落武者」って何か?
えっ?違う?
「落ち鮎」ですか❢
こりゃまた失礼しました。
今日も皆さん良い日でありますように・・
落ち武者が頬張る落ち鮎の塩焼きなんて、ちょっと淋し過ぎるような・・・(笑)
男川やな 二度行った事があります。
鮎のつかみ取りはしなかったけど のどかな景色を見ながら 鮎の塩焼き頂きましたよ( ◠‿◠ )
なんとも言えぬ美味しさ!
あれ以来 あんなに美味しい鮎に出会ってないなぁ〜。
あ〜!さっきお酒を飲み終えてしまったばかりなのに…
鮎〜〜食べた〜い(笑)
焼き立ての鮎を串刺しのままかぶりついて、キリン一番搾りをプッハァ~ッなんて、極上の幸せな瞬間ですって!
オスにはオスのメスにはメスのそれぞれの役割があって、どっちがいいなんて言えないかもね。だって、相手になった事ないんだもん(^_-)
そうそう、しょせんなりふり構わぬ、無い物ねだりになっちゃいますものねぇ。
串刺しの鮎 いいな~ いいな~ (◍•ᴗ•◍)❤
確か 揖斐川丘苑で囲炉りを囲んで食べられる! って聴いた事がありますが
コロナが落ち着いていたら、ぜひとも 鮎をかぶりついてみたいですね
(灬º‿º灬)♡
もちろん片手には 麒麟一番搾りを
ぷっファ~ (*˘︶˘*).。*♡
夏の醍醐味ですよねぇ!
でも串刺しの鮎なんて、もう何年も食べてませんねぇ。
川原で川の流れを眺めながら、鮎の串焼きとキリン一番搾りなんて、今思えばとっても贅沢極まりないものですねぇ。