「三河wonder紀行⑨」

『落ち鮎たちの宿命』

2006.冬 季刊誌掲載

くりがら渓谷から山間を下る男川の清流。

川面へと迫り出す木の葉も、心なしかその色を染め、本格的な秋の訪れを待ち侘び、その身を焦がすようだ。

水面に浮かぶ影二つ、風と戯る秋茜。

写真は参考

森に宿る生きとし生けるものすべてが、息を凝らすように儚い秋を惜しみ、自らの短い命と引き換えに、やがて訪れる春に期し、新たな生命を大地や水中へと託す。

額田の森が誕生してから今日まで、連綿と繰り返される森羅万象の逞しき営みだ。

男川の簗場。

簗で堰き止められ、なすすべもなく簾の上で跳ねる、鰺かと見紛うほど大きな落ち鮎。

鮎もここで捕まってはなるものかと、尾を竹の簾に叩きつけながら、簗場から決死の脱出を試みる。

そんな鮎を子どもたちが素手で追い駆ける。

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見ている者には滑稽なものだが、その実物凄くシリアスなドラマが、生と死の淵を境に繰り広げられていた。

お腹の子を何としても守り抜こうとする、母鮎の姿が労しい。

「やったぁ!」。

鮎を両手で見事掴み上げた、男の子の奇声がこだました。

「だめよ!そんなに強くいつまでも握ってちゃ!」。

まるで背後から、遠き日の鬼担任みたいに容赦ない声が飛ぶ。

悪戯を咎められたかのように、ついついぼくまでピクリッと首をすくめてしまった。

「天然の落ち鮎はみんな、お腹ん中いっぱいに卵を宿してるんだから、力強く握っちゃったら卵が潰れちゃうじゃない!」。

岡崎市淡渕町の男川やな、女将の梅村成美さん(59)は、立たされ坊主のように思わず首をすくめたぼくを前に、そう言い放った。

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「これで黒板消しでも持たせたら、昔のヒステリックな担任そのものだなぁ」。

思わず心の中で毒づいてしまった。

「あっ、ごめんごめん。ついつい昔の癖で、パンパンッと言っちゃって。だってさあ、その情けない姿が、まるで昔の出来損ないの教え子みたいだったから」。

成美さんがやっと親し気に笑ってくれた。

「ってことは、元は先生だったってこと?」。

「そうそう。20歳の4月から、44歳でこの簗を始めるまではね」。

岡崎市内の小学校4校で、教鞭を揮ったそうだ。

「さあ、召し上がれ!」。

はち切れんばかりのお腹に無数の卵を抱いた、落ち鮎の塩焼きが差し出された。

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「はふはふはふ・・・。うっめ~っ!若鮎とはこれまた一味違って別物みたい」。

ぼくはひたすら美味なる落ち鮎に夢中でかぶりついた。

「3月から4月の若葉の頃まで、上り鮎が男川を遡上し、川上で雌鮎と恋をして、子を成し産卵のため川を下って来るのよ。それが落ち鮎」。

再び落ち鮎を簗場で待ち受けていると、痩せっぽちの体が傷だらけでボロボロになった鮎が簾の上に。

「それはねぇ、雄の落ち鮎よ!」。

ぼくの驚きを成美さんが笑い飛ばした。

「雄の宿命よねぇ。精魂尽き果てて体もボロボロ。それでも必死で雌のお腹に子を託し、この世に別れを告げてゆくんだから」。

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何とも重すぎるお言葉。

紛れも無く雄そのものであるぼくは、肩を落とし簗場でただただ項垂れた。

そして簾の上で動かなくなった雄の落ち鮎を、男川の水の中へ。

すると川の流れに身を任せ、ボロボロの体で微かに尾鰭を振り、静かに下り始めた。

「雄鮎よ、お疲れさまでした!」。

天国はこの川の先に、きっとある。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「三河wonder紀行⑨」」への8件のフィードバック

  1. では、ご要望にお応えして❢
    えっ?
    いきになり「落武者」って何か?
    えっ?違う?
    「落ち鮎」ですか❢
    こりゃまた失礼しました。
    今日も皆さん良い日でありますように・・

    1. 落ち武者が頬張る落ち鮎の塩焼きなんて、ちょっと淋し過ぎるような・・・(笑)

  2. 男川やな 二度行った事があります。
    鮎のつかみ取りはしなかったけど のどかな景色を見ながら 鮎の塩焼き頂きましたよ( ◠‿◠ )
    なんとも言えぬ美味しさ!
    あれ以来 あんなに美味しい鮎に出会ってないなぁ〜。
    あ〜!さっきお酒を飲み終えてしまったばかりなのに…
    鮎〜〜食べた〜い(笑)

    1. 焼き立ての鮎を串刺しのままかぶりついて、キリン一番搾りをプッハァ~ッなんて、極上の幸せな瞬間ですって!

  3. オスにはオスのメスにはメスのそれぞれの役割があって、どっちがいいなんて言えないかもね。だって、相手になった事ないんだもん(^_-)

    1. そうそう、しょせんなりふり構わぬ、無い物ねだりになっちゃいますものねぇ。

  4. 串刺しの鮎 いいな~ いいな~ (◍•ᴗ•◍)❤

    確か 揖斐川丘苑で囲炉りを囲んで食べられる! って聴いた事がありますが
    コロナが落ち着いていたら、ぜひとも 鮎をかぶりついてみたいですね 
     (灬º‿º灬)♡ 

    もちろん片手には 麒麟一番搾りを 
     ぷっファ~   (*˘︶˘*).。*♡

    1. 夏の醍醐味ですよねぇ!
      でも串刺しの鮎なんて、もう何年も食べてませんねぇ。
      川原で川の流れを眺めながら、鮎の串焼きとキリン一番搾りなんて、今思えばとっても贅沢極まりないものですねぇ。

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