「三河wonder紀行④」

『石窯職人の武骨なパン』

2005.秋 季刊誌掲載

キュルキュル!キュルキュル!

初夏の陽射しを遮る、100%総天然色のサンシェイド、新緑の広葉樹。

野鳥たちの声が冴えわたる。

写真は参考

葉裏から太陽を透かし見ると、葉脈がまるで血管のように浮かび上がり、森の生命が静かな営みを続ける。

ガザガサ!

枝先が揺れ、二羽のヒヨドリがお目当ての桜を目指し飛来した。

が、しかし!

白いネツトにその行く手を阻まれ、ヒヨドリたちは右往左往ならぬ、上昇下降を繰り返す。

「こいつらぁさぁ、ヘリがホバリングでもするように、うまいこと空中でサクランボを啄むだよ!今年もほとんどやられちまったぁ」。

人懐っこい笑顔で、石窯職人の磯貝安道さん(56)は、森に帰って行くヒヨドリを見詰めた。

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律儀にも、サクランボの小枝に種だけを残して。

待てよ!

何かどっかで見たような光景?

そうだ!

確か数十年前、彼女との初デート。

喫茶店の片隅で向き合ったまま、何をどう話して良いものやら・・・。

今のような「初デート攻略本」なんて何処にも無い冷酷な時代。

それでも何とか彼女の気を惹こうと、しどろもどろ。

吹き出す汗のように、水滴がアイスコーヒーのグラスを滴る。

焦れば焦るほど、話題はどれもショート・センテンス。

長い沈黙だけが、会話と会話の間にドッカと横たわり、グラスの水滴もいつしか乾き切ってしまった。

伏し目がちな彼女の前には、ペロッと平らげられたバナナサンデーの干からびた残骸。

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なのに彼女の口は、終始微かな動きを刻み続けている。

どうにも盛り上がりに欠け、形勢不利な状況を跳ね返す術もない。

ましてやこれといった画期的な打開策などあろうはずも無く、ただただ空しく時間だけが気忙しそうに過ぎて行った。

しかしこのまま店を出ようものなら、掛け替えのない飲食代680円が水の泡。

二度と彼女にデートの約束を取り付けることもままならぬ。

焦りのあまり深く考えもせぬまま、言葉が先に重い口を衝いて飛び出した。

「〇子さん、今からもう一軒梯子しない?駅裏の喫茶店でチョコレートパフェでも?」。

「はぁ?・・・」。

そういうと彼女は徐に席を立ち、終始モゴモゴさせていた口から、サクランボの小枝を吐き出し、空っぽの灰皿に放り出し、そそくそと立ち去って行ってしまった。

真っ白な灰皿に、無情にも投げ捨てられたサクランボの小枝。

しかも小枝は、器用に両端が結ばれている。

そう言えば誰かが言ってたっけ!

『サクランボの枝を口の中で結べる奴は、Kissのテクニシャンなんだぞ!』。

いつだって物知り顔をひけらかす、あのいけすかない奴の言葉が脳裏を駆け巡った。

しおらしい素振りで、ペロッとバナナサンデーを平らげといてぇ!

ぼくはKissなんて、一度もしたこと無いってぇのに!

・・・ってぇことは、あの娘がテクニシャンってぇことかよ!

儚い恋心は、無残にも砕け散った。

でも白状すれば、その時ぼくの心の中に巣食った魔物が「灰皿のサクランボの小枝は、さっきまであの娘の口の中に入っていたんだぞぅ~っ!今ならまだ、ファーストKissの出汁が出ているぞぅ~っ!」と、まことしやかに囁きかけてきたものだ。

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「さあ、お待たせ!」。

石窯職人は窯の蓋を開け、武骨な焼き立てパンを取り出した。

淡く切ない回想シーンに浸っていたぼくは、職人の声で現実の森へと舞い戻った。

「今日は騙されんかったぞ!」。

「ええっ?騙すって、いったい誰が!」。

「窯だよ、石窯!」。

10t近い総重量の石窯は、地中60㎝を掘り返しステコンと鉄筋を入れ、赤煉瓦を腰高まで積み上げる。

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囲った煉瓦の中には、残土を入れて搗き固め、保温のために川砂を被せる。

その上に鉄製の窯を配置し、再び窯の上から直火に強い雌石(めいし)で隙間なく覆う。

そのため窯の蓄熱率が非常に高く、前の日の余熱も失われない。

だから窯内の温度が同じであっても、二つと同じ焼き上がりの石窯パンは仕上がらない。

「だから!石窯パンらぁ」。

そう言われちまっては、いかにももっとも過ぎて、返す言葉すら見当たらない。

が、しかし!

えも言われぬ美味しさが、ほっこりと口の中に広がったぁ!

写真は参考

石窯職人が焼く武骨なパンは、たったの3種。

しかも完全予約制。

武骨パンの神髄「プレーン」は600円。

「レーズン」「クルミ」がいずれも680円。

素材はすべてこだわりのオーガニックという頑固技。

石窯パンと、家庭用石窯造りのご相談は、0564-83-2881エトセ工房まで。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「三河wonder紀行④」」への8件のフィードバック

  1. 初デートか~ぁ⤴
    当時からモテ男だった・・(注意 勝手に自分がモテ男だと思っているだけ)
    いつが初デートだったか?覚えがないけど
    取り敢えず、中坊の時、多分?誕生日だと思う
    彼女に(中学生)だけど小学校の校庭に来て、と言う事で行って
    忘れもしない、スカイブールの手編みのマフラーをプレゼントに貰った。
    その小学校の校庭が初デートの場所❕
    緊張のしっぱなしで、何も話せなかった(モテ男なのに)
    今も純情だけど、あん時は超純情だったな~~ぁ⤴

    1. 淡い淡い青春の残像ですねぇ。
      そんな瞬間がこの年になると愛おしく感じられるものですよねぇ。

  2. オカダさんにも そんな事がががです。くすっ
    次は私が出しますからね。
    チョコレートパフェ梯子しましょ そうしましょです。これでは吉本っぽくなっちゃいますね。

    今日は思わぬところでパン屋さんを見つけたので 昔から好きな かた〜いパンを買ってきました。明日はほんのりガーリックマーガリンをつけて楽しみます。(オカダさんのブログの力は凄いですね)

    1. 歯が立たないような硬いパんに、ガーリックバターなんて、それだけで立派なワインのお供ですねぇ。
      それだけで十分なご馳走ですって!

  3. サクランボあるある、懐かしい⤴️若い頃、喫茶店でパフェやクリームソーダを注文した時に、サクランボが乗ってるとその話題に。今の若者もやるのかなぁ。

    1. なかなか難しいものでしたよねぇ。
      ぼくもやっぱりご多分に漏れずやって見ましたが、そうそうおいそれとは結べなかったですねぇ。

  4. 私も初デートを思い出してみました(笑)
    短大生の頃 一目惚れをした社交ダンス部の部長と稽古場からの帰り道 バイクをひきながら歩く部長の少し後ろを歩く…
    デートとは言えないけど これが私にとって初めて男性と二人で過ごした時間でした。練習も先輩と組んで踊ってたので 常に心臓がバクバク。
    その後 犬山市の入鹿池でWデートでボートにも乗った事があるんですよ( ◠‿◠ )
    あの二年間は 楽しくて切なくて悲しくて 今 思い出すだけでもキュンとなります( ◠‿◠ )

    1. なぜだか昔はデートってぇと、ボートに乗ったりしたものでしたねぇ。
      ぼくも鶴舞公園の池のボートに乗ったような記憶が・・・!

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