「昭和懐古奇譚~ブーブークッション」(2019.8新聞掲載)

「ブーブークッション」

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ブッ ブゥーッ ブッ ブゥーッ。

クラス全員の視線が、ただならぬ音の方に注がれた。

朝礼の日直が「起立、礼、着席」と言った直後の事だ。

誰もが、「まっ、・・・まさか!」と、只ならぬ音の方を振り向き、固唾を飲んだ。

その視線の先の女生徒を見つめ、誰もが言葉を失った。

だってその視線の先には、慌てて椅子から立ち上がった、我がクラスの、いや我が学年の男子たちから、憧れのマドンナと呼ばれる「ヒトミちゃん」がいたからだ。

下賤なぼくらなんぞとは異なり、天使のようなヒトミちゃんが、放屁はおろか大も小も、不浄な事など絶対にしないと、男共は勝手にそう信じ切っていたからである。

すると呆然と立ち尽くしたままのヒトミちゃんは、見る見るうちに真っ赤な顔となり、「ええっ、今のはオナラ?ええっ、ワタシの?」といった感じで、両手で顔を覆い教室を飛び出して行った。

担任の女教師も、ヒトミちゃんを追い、教室を飛び出した。

誰もが席から立ちあがり、先生とヒトミちゃんの行方に目を見張るばかり。

そんな中、ぼくの斜め前方の席で、不審な動きをしている男子生徒がいた。

クラス一のお調子者の忠治である。

ヒトミちゃんの席の後ろから手を伸ばし、忠治が何やらこそこそと、ヒトミちゃんの座席を(まさぐ)っているではないか!

しかしぼくの席からでは、忠治の手元がハッキリと見えない。

…何をしてんだ…

すると隣の席の女子が、忠治の手首を思いっきり掴み上げた。

その女子とは、クラスメイトの皆から、ダンプカーと綽名されていた、相撲部の黒宮さんだ。

そこへ担任の女教師が戻って来た。

「なんですか?それは?」と、先生は黒宮さんに掴み上げられた、忠治が握ったままのオレンジ色をした、平べったい風船のようなものを取り上げた。

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そして先生は、まだ空気を含んでいる風船を椅子に置き、何の躊躇いもなく座って見せたではないか!

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するとまたしても、ブッ ブゥーッ ブッ ブゥーッ。

クラスの皆は、先生の周りを取り囲むように、笑いを押し殺しながら、その一部始終を目の当たりにした。

「どうしたんですか?これは?」と、先生はやさしく忠治に問いかけた。

「…親戚のお兄ちゃんに貰った、ブーブークッション…。だってこれを自分の好きな女子の椅子に置いて、その子が座って音が鳴ったら、もっともっと仲良くなれるって…」と、忠治が告白。

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「それはお兄さんが、面白がって君をからかったのよ。まあそれを真に受けた、君の素直さについては、先生も褒めてあげるけど。でもヒトミちゃんの気持ちはどう?皆の前で、まるで自分がオナラをしたみたいに思われちゃって。さあすぐに追いかけて、ヒトミちゃんに自分の言葉でちゃんと謝って来なさい」と先生。

忠治はブーブークッションを片手に、ヒトミちゃんを追いかけて行った。

ただ忠治の悪戯だけを頭ごなしに叱り付けるのではなく、自らブーブークッションに座って見せることで、ヒトミちゃんの名誉も瞬時に回復。

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それにも増して、お調子者の忠治にも、再起のチャンスを与えた女教師に、あの時代劇の名奉行、「大岡裁き」も真っ青だった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~ブーブークッション」(2019.8新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. ブーブークッション
    家にもありました。
    4人家族でやるもんだから、それぞれに仕掛けたら終わり❢
    外でやらないと面白さが発揮出来ないイタズラ❢
    時と場合によっては、人を傷つけるからイタズラは難しいねぇ❢
    「ばかだね~ぇ⤴」と大笑いして許せる事がイタズラの条件かも?

    1. 確かにそうですって!
      ちょっとしたことにも、目くじらを立てる様な方にやろうものなら!
      あな恐ろしや!

  2. ブーブークッショ懐かしい⤴️子供の頃、仕掛けられたり仕掛けたり。バレ無いように知らん顔しないといけないのに、ついニヤニヤしちゃうんだよねぇ。

    1. そうそう、「ほうら座るぞー」ってな調子でね。
      でも一度ブーブークッションを使ってしまうと、もう後はだぁれもなぁんも反応しなくなっちゃうんですよねぇ。

  3. 素敵な先生だなぁ〜。
    人として見習いたいですね。
    否定から入らず まず全て聴く…
    出来るようで出来ない事です。
    新年 心入れ替えなければ。

    1. 人の言葉を、その言葉の重みを聴き取る力って、自分の独りよがりな主張ばかりを並べ立てるより、何十倍も大変なことですよねぇ。
      でもそこが重要なんでしょうねぇ。

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