「昭和懐古奇譚~怒髪天を衝く!」(2019.7新聞掲載)

「怒髪天を衝く!」

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「おはよう!」「オッス!」「おはようさん!」。

皆口々に朝の挨拶を交わし、それぞれの教室へと消え入る。

ぼくも3年2組の自分の教室へと入った。

するとどうしたことか!

教室の一番後ろの席に皆が集まり、男も女も大声で大笑いしているではないか!

何事かと、ランドセルだけ自分の机の上に放り出し、ぼくも野次馬のように輪の中へと飛び込んだ。

輪の中心にいるのは、いつも突拍子もない事を言っては、皆を笑わせるお調子者の忠治だった。

今日はまた何をやらかしたのかと、よくよく覗き込むと、お調子者の忠治の髪の毛が、全て天に向かって逆立っているではないか!

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その異様な忠治のヘアスタイルを眺めながら、皆は腹を抱えて笑い転げている。

すると忠治のお調子こきは、とめどなくエスカレートしていった。

ついには隈取こそないものの、大仰に目を寄せ、歌舞伎の成田屋もどきにらみ(・・・)を利かせ、「ドハツテンヲツク!」と渋い台詞回しで、見得まで切るから手に負えぬ。

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ところがそうこうしているうちに、梅雨の湿り気のせいか、逆立っていた忠治の髪の毛が、いつの間にか元通りとなり、ただの坊ちゃん刈りに。

すると忠治は、慌ててセルロイドの下敷きを取り出し、自分の脇の下に挟んで、下敷きを擦り始めたではないか!

そして今度はやおら、下敷きを水平に頭髪に宛がい、そのまま頭上に持ち上げた。

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すると忠治の総髪は、再び天に向かって逆立つではないか?

子供なんてぇものは、何時の世でも同じ。

ちょっと珍しい事があると、すぐに真似て見たくなるのもけだし人情。

ついに忠治の周りを取り囲んでいた、男女が一斉にセルロイドの下敷きを擦り出し、呪文のような「ドハツテンヲツク!」の言葉と共に、髪の毛を逆立て出したから始末に負えない。

そこに何とも間合いが良いのか悪いと言おうか、歌舞伎の幕間を告げる、一丁の()のような始業のチャイムが鳴り響き、担任教師が教室に入って来たからさあ大変!

さすがの担任教師も、生徒の髪型が皆、天を衝くように皆逆立っている、そのただならぬ異様さに一瞬思わず言葉を失ったようだ。

しかしそこはさすがのベテラン教師。

何故そんな事態になったのかを、過去の事例から瞬時に思い出したのだろう。

何食わぬ顔で、朝礼を始めた。

子供らはと言えば、担任からさりとて咎められるわけでもなく、まるで何事もなかったかのように、淡々と普通を装って朝礼を始める教師の違和感と、自分の前の席に座る子供の、逆立ったヘアスタイルを眺め笑いをこらえるのがやっとだった。

ぼくはあの、成績の出来はお世辞にも良くはなかった忠治が、大仰に目を寄せ、歌舞伎の成田屋もどきにらみを利かせ、「ドハツテンヲツク!」と(のたも)うた、あの呪文のような渋い台詞が、気になって仕方がなかった。

家に帰るとさっそく下敷きを擦り付け、髪の毛を逆立てお母ちゃんを脅かそうと、「ドハツテンヲツク!」と、両目を寄せにらみを利かせた。

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するとお母ちゃんは、「どうしたんや?熱でもあるんとちゃうか?」と、逆立った髪の毛には何の関心も示さず空振り。

逆にぼくは自分の間抜けな姿が、一輪車から転げ落ちたピエロのようで、とてもやるせなかった。

そしてそれが、静電気なるものの仕業だと分かるのは、まだまだ随分と先の事であった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~怒髪天を衝く!」(2019.7新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. パチパチする静電気
    突然襲ってくる、あの痛み❢
    嫌いやな~ぁ⤴
    金属を触る時には、要注意❢
    でもさ~ぁ⤴
    買い物に行った時なんか、店員さんと指が触れた時
    「バッチ」って事あるよねぇ❢
    それが可愛い店員さんなら、グッド❢
    「今、バッチときたねぇ⤴」
    「ひょっとしたらお互いイイ感じ?」
    なんて事を流石に私は言いませんよぉ❢

    1. その「バチッ」ってぇのは、必ずしも好意を寄せた「バチッ」とは限らないんじゃないですかぁ?
      あまりの嫌悪感の表れで「バチバチッ、触れるでない!」の「バチッ」かもよーっ!

  2. この時期のバチバチ静電気怖いよぉ。思わず「アッ!!」って声が出ちゃうのは私だけじゃぁ無いよねぇ(・・;)

    1. ぼくも静電気が酷い方なようです。
      来るかな?って思った瞬間、バシーッですもの。

  3. ホットカーペットにいる猫に触ると、しばしばバチっとなります。ただし、猫は反応しません。不思議です。

    1. へぇ~っ!
      猫とか動物は、毛が多いから、地肌ではなく毛で静電気を解放しちゃうんですかねぇ。
      知りませんでしたぁ!

  4. 先日スーパーで買い物中 私の隣にいた長男が私の腕に触れた瞬間 バチッと音がして それと同時に『痛い』と言いながらビックリしてました。
    なんのこっちゃ〜?ですよね( ◠‿◠ )
    でも その感じたバチッが痛いという事。そして『痛い』という言葉に繋がり『痛い』と口から音を発する。
    時々「あっ!」の一言で終わる場合は 「痛かったね〜」と言葉を添えます。
    痛いのはイヤだけど その瞬間 長男の反応が見られた時は 嬉しくて笑ってしまう母なのです。

    1. そりゃあやっぱり、「あっ!」で済ませられる程度の痛みと、思わず吐き捨てるかのように口を衝く「痛い~っ」は、痛みの度合いの差なのでしょうかねぇ。

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