「昭和懐古奇譚~煙草の煙の輪っか」(2019.6新聞掲載)

「煙草の煙の輪っか」

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昭和半ば。

お父ちゃんのホンコンシャツは、いつも煙草の匂いがした。

胸ポケットには、プラスチックの煙草入れと、桃印のマッチ箱。

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両切り煙草の「SINSEI」を一本抜き取り、左手の親指の爪に当てトントントン。

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縁側の陽だまりに腰かけ、マッチで火を灯す。

そして煙草を大きく吸い込むと、顔を上に向けて口を開き、右手で頬を軽くポンと一叩き。

するとあら不思議!

白いドーナツのような大きな輪っかが空へと舞い上がり、そよぐ風になびき姿を変え、やがて周りの風景に溶け入る。

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「父ちゃん、もっと輪っか出して!」とぼくがねだる。

すると父は嬉しそうに、小さな輪っかを連ちゃんで吐き出したり、特別大きな輪っかを吐き出す。

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ぼくは父とのそんな戯れが好きだった。

そして何度もその輪っかを手に取ろうと負いかけもしたものだ。

でもあとちょっとと言うところで、いつもいつも煙の輪っかにものの見事にはぐらかされた。

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ある日のことだ。

毎日母から貰えるお小遣いを貯め、近所の駄菓子屋で、念願だったシガーチョコを手に入れた。

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どうしてもお父ちゃんの真似をしてみたくって。

台所の一口コンロに母が火を点けるために置いてある、大きな徳用の桃印のマッチ箱を拝借し、縁側に陣取った。

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まるで父の仕草をなぞるようにして、シガーチョコを一本抜き取り、左手の親指の爪に当てトントントン。

そしておもむろに口に咥え、マッチで火を灯した。

しかし本物のお父ちゃんの「SINSEI」とは異なり、吸っても吸っても煙を吸い込めなければ、火も灯らない。

やがて洗濯物を取り込もうと、縁側へやって来た母に見つかり、「あんたぁ、何やっとんの!見て見やあ、シャツやズボンにチョコが垂れてまっとるがね!」と大目玉。

近所の子らと缶蹴りに講じていた時だ。

何の話からか、「家のお父ちゃん、ものすっごい大きな、煙草の煙の輪っか作るんやぞ!」と、自慢話しが始まった。

すると皆も口々に、「家のお父ちゃんの方が、絶対大きな輪っかや!」と、負けず嫌いの応酬へと発展。

すると皆から一目置かれていたマー君が、「だったら皆で、お父ちゃんをこの公園に連れ出して、煙の輪っか競争をしたらどうやろ」と一言。

ぼくらは言葉巧みに、それぞれの父親を公園へと誘いだした。

「ねぇねぇお父ちゃん、お友達のオジチャンたちと一緒に、このベンチに座って!」と。

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するとマー君が、「これから誰のお父さんが、一番大きな煙の輪っかを作れるか、競争していただきます」と、高らかに告げた。

3人掛けのベンチ2台、計6人のお父ちゃんたちは、一斉にホンコンシャツの胸元から煙草ケースを取り出す。

「よーいドン!」。

マー君の掛け声で、お父ちゃんたちは一斉に煙草に火を点け、プカプカと白い煙の輪っかを吐き出し始めた。

ところがどこのお父ちゃんが吐き出す煙の輪っかも大同小異。

ぼくらにはその優劣など見極められようもない。

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するとたまたま、買い物帰りのお母ちゃんが通りかかり、その異様な光景に目を止めた。

「お父ちゃん、そんなとこで何やっとんの!いつまでも油打っとらんと、さっさと帰って台所の棚吊ってよ!」と、お母ちゃんの一声。

たったその一声で、「煙の輪っか競争」も見事に煙に巻かれてしまった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~煙草の煙の輪っか」(2019.6新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. 明けましておめでとうございます。岡田さんにとって良い年になりますように。
    ブログ楽しみにしてます。

    1. 初春のお慶びを申し上げます。
      ひろちゃんにとっても、素敵な一年になりますように!

  2. タバコ吸ってました。
    悪ガキのツレと「かっこいいからタバコ吸ぉっけ」
    と、言われて好奇心から吸ってみました。
    確か?「峰」だったと思います。
    ちょっと初めて吸うにはキツメでしたねぇ❢
    でぇ⤴数十年吸ってましたが
    食事の後、ちょっと落ち着きたい時など
    タバコが美味しく感じたけど・・
    本当の事を言うとタバコあまり好きではなかった。
    だから、あっさりと止められたと思います。
    オカダさんはきっと死ぬまで止めんやろうねぇ❢
    でもさ~ぁ⤴
    タバコ美味しく感じなくなったら止め時だと思います。
    タバコも高くなったからねぇ❢

    1. 確かにたばこ代も、西欧諸国並みに高くなってきましたよねぇ。
      でもつい何十年か前までは、国が専売で売っていたのにねぇ。

  3. 皆様こんにちは 煙草・・・ 私は今年で煙草から離れて12年になりますかね~。銘柄は主に「キャメル」を愛飲してましてやめる頃は「ラッキーストライク」にかわってましたよ 今では煙草をふかしている人ってすくなくなりましたね・・そうそう煙草の煙の輪っかをつくるのって私もやった事ありますよ あれって結構難しいんですよね(笑)
    食後の一服とか難しい仕事の後の一服とかなんやかんやと理由をつけて吸ってましたよ。

    1. 煙草の輪っか作ってる人って、近頃じゃあとんと見かけなくなりましたねぇ。
      昔は子供にせがまれて、お父ちゃんたちがこぞって作ってくれたものでしたけどねぇ。

  4. 中身がチョコレートなら高級(?)なタバコだわぁ(笑)駄菓子屋のココアシガレットでタバコを吸う真似もしてたけど微妙な味だったような(・・?

    1. 女子でもタバコの真似事したんですかぁ!
      でも大人の真似ってしたいものでしたよねぇ。

  5. シガーチョコに火をつけたり 公園でのお父さん達の場面を想像するだけで 笑える笑える( ◠‿◠ )
    男女関わらず 素敵に格好良く煙草を吸う姿や指先の仕草に憧れたものです。
    指先の方や指の付け根の方で煙草を挟む仕草だったり 煙草を持つ側の逆の方に顔を向けて煙を細く吐く姿…
    格好良いし色っぽいんですよね〜。
    ドキドキしちゃう

    1. 紫煙に包み込まれた、昔々のライブハウスやバーなんて、大人の香りが感じられたものでした。

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