「ブリキの蝉の鳴き声は、ペッコンペッコン」

あっちでペッコン、こっちでペッコン。
たったそれだけの、わずか数秒にも満たない、刹那的な子どもの遊び道具だ。
それがぼくらを虜にした、ブリキの玩具の蝉である。

ましてや周りの皆がブリキの蝉をペッコンペッコンやっているのに、自分だけが蚊帳の外ではなおさらのこと。
もう何としても、どんな姑息な手を使ってでも、ブリキの蝉を手に入れねば、にっちもさっちもいかない。
それは子どもが子どもである、証だったのかも知れぬ。
近所の氏神様の縁日。

数々の屋台が立ち並び、多くの家族連れで賑わった。
昭和半ばの時代を顧みれば、それは年に一度訪れる、近在の衆が首を長くして待ち侘びた、大切な晴れの日でもあった。
中でも一番人気は射的の屋台。

ライフルの先っちょの銃口に、コルクの弾を込め、それで的を射抜くと言う、今でもたまに見かける単純極まりない遊びだ。
遊技代はと言うと、当時のぼくの小遣いからすりゃあ、とても高根の花だった。
確か一回で大枚50円ほど。
一日たった10円の小遣いの身からすれば、悠に5日分。
遊技代を屋台のオッチャンに手渡すと、オッチャンは不愛想な顔で、引き換えにベコベコに凹んだブリキの皿にのせたコルク弾5個を手渡す。
そして射撃台に紐で括り付けられたライフルを手にする。

次にライフルの横に飛び出た、ボルトレバーを手前に引き、銃口にコルク弾を込め、ひな壇に飾られた豪華なお菓子に狙いを定め、「ええい!ままよ」と引き金を引く。
見事に的のお菓子を撃ち落せば、それが射的の景品となる寸法だ。
そんな射的屋の傍には、洟垂れ小僧やお転婆娘たちが犇めく。
そして皆申し合わせたかのように、片手でブリキの蝉を弾いて、ペッコンペッコン。
今まさに引き金を引かんと、ライフルを構える子どもの先の、ひな壇を見据える。

ポンッ。
間の抜けたライフルの発射音がした。
ぼくも慌ててひな壇を眺めた。
しかしひな壇に飾られた豪華なお菓子は、小動もしない。
するとオッチャンが、「はい、ボク。おおきに。ホレッ、残念賞や!」そう言って、あのペッコンペッコンのブリキの蝉が無造作に手渡されるではないか!
ぼくは一目散に、家へと帰った。
道々、お母ちゃん口説き落とし、何とか50円を手にする口述を考えながら。
「ねぇお母ちゃん。屋台の射的で皆が遊ぶもんだから、ぼくも一緒になって射的したら、射的代が50円もしたんやて。でもそんなお金持っとらんってオッチャンに言ったら、『オッチャンおまはんを信じて、ここで待っとったるで、今から家まで行ってもらって来い』って」。
「たぁけやなあ、この子は!」。
そう言うとお母ちゃんは、渋々がま口を開き50円を握らせ「オッチャンにちゃんと、ごめんなさいって言うんやで」と、言葉を添えた。
まんまと50円を手にし、急いで射的の屋台へと向かった。
カランカラーン。
射的屋のオッチャンが鐘を鳴らした。

「坊、ええ腕しとるなあ。5発とも命中されたら、オッチャン商売あがったりや!」と。
紙袋一杯のビスケットやらチョコレートをぼくは抱えた。

周りで子どもらのため息がする。同時にぼくもため息をついた。
だってこんな筈じゃなかったんだから。
きっと5発とも的を外し、残念賞の念願だったブリキの蝉を、皆みたいにペッコンペッコンやりながら、意気揚々と家へと引き上げるつもりが…。
だからぼくは、紙袋の景品を恨めしそうに眺めている、近所のトモちゃんに言った。
「トモちゃん、このチョコレートと、トモちゃんのブリキの蝉と交換してくれん?」と。

見事に子ども同士の利害が一致し、ぼくは念願のブリキの蝉を手に、ペッコンペッコン、飽きもせず鳴らしたものだ。
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ペッコンペッコン蝉
懐かしい⤴
蝉の鳴き声に似ても似つかない鳴き声
今、思うと「子供騙し」とはよく言ったもので
当時はそんな事、考えもしなくて・・
夢中で「ペッコンペッコン♬」
いつの間にか、そんな子供心も何処へやら・・
67歳の準高齢者になってしまった(涙)
どうってことのない、単純極まりない単純な原理のペッコン蝉でしたが、なぜか人気がありましたよねぇ。
ただのブリキの蝉のおもちゃなら、どおって事は無かったのかも知れませんが、ペッコン♪ペッコン♪と音を鳴らせるから子供心を魅了したのでしょうねぇ⤴️
たったそれだけなんですが、「ペッコン♪ペッコン♪」が子ども心をそそるんですよねぇ。
そんなおもちゃがあったんですね⁈
音の想像はつきます( ◠‿◠ )
ブリキのおもちゃって ほとんどが物凄く年代物で希少価値があるイメージがあります。
時々ブリキ製のおもちゃ(ロボットとか) を見かけるけど 決してお安くないから。
ブリキの玩具には、独特の趣がありますから、味わい深いものですよねぇ。
錆びも景色の一つとなって。