「昭和懐古奇譚~舶来ビールの王冠バッヂ!」(2018.4新聞掲載)

「舶来ビールの王冠バッヂ!」

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昭和半ばの時代。酒やビールにジュース、醤油から酢まで、酒屋のお兄ちゃんが御用聞きにやって来ては、頑丈な自転車で配達してくれたものだ。

わが家でも、勝手口の開き戸を開けると、その内側に御通い帳が吊り下がっていた。

「毎度~っ!奥さん、三河屋で~す。ビールここに置いときますよ!」と、近所の酒屋、三河屋のケンちゃんが、開き戸から顔を覗かせた。

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すると奥の茶の間で、内職に勤しんでいた母が、腰を上げ勝手口へ。

割烹着のポケットから、チリ紙に包んだ飴玉を、ケンちゃんに握らせた。

「いつもご苦労さんやねぇ。これ、ほんのちょっとやけど、道々舐めてって」と。

するとケンちゃんは、野球帽を取ってペコリ。

「おおきに!」と一言。

玄関先の頑丈な自転車にまたがって、玄関脇にボ~ッと突っ立っていたぼくを手招いた。

ケンちゃんは三河屋と、白く染め抜かれた帆前掛けの、前にあるポケットをまさぐり、「ぼう、珍しい舶来ビールの王冠やろか?」と。

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もちろん興味津々でケンちゃんに駆け寄った。

すると緑色の太いドーナツ状の円形の中に、白色のアルファベットが浮き上がり、真ん中に真っ赤な星が描かれた、これまで一度も目にしたことの無い、綺麗な王冠を取り出した。

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「これ、ええやろ。ハイネッケン(・・・・・・)と言う、オランダのビールの王冠やて。どうや、バッヂにしたろか?」。

嬉々として頷くと、ケンちゃんは器用にポケットから釘を取り出して、王冠の内側のコルクを見事な手付きで剥がし取った。

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そしてぼくのランニングシャツの、左胸の辺りに内側からコルクをあて、外側に王冠を宛がい嵌め込んだ。

すると見事に、世にも珍しい王冠バッヂが、ぼくの薄汚れたランニングシャツの左胸に、燦然と輝いた。

「ありがとう、ケンちゃん」。

ぼくが目を輝かせながらそう言うと、ケンちゃんは「また、珍しい舶来ビールの王冠手に入れたら、ぼうにまた持って来るでな。さあ、皆に自慢して来たれ!」と。

気をよくしていつもの公園へ向かうと、直ぐに草野球チームの仲間が寄って来た。

そしてぼくの左胸の勲章、舶来ビールの王冠を羨まし気に、繁々と眺め始めた。

「それって、どこの国のビールの王冠や?」とか、「どうしてそんな珍しいもん、持っとんや!どこで手に入れたんや?」と、もうとにかくヤイノヤイノ。

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皆の胸には精々、国産ビールの王冠やら、サイダーの王冠がやっと。

だからぼくは、もう鼻高々の有頂天。

皆の羨望の眼差しを一身に受けながら、いつものように草野球が始まった。

この日は、舶来ビールの王冠の魔法か?投げて良し打って良し、それに走って良しに滑り込んで良しと、すこぶる絶好調。

棒っ切れで線を引いただけの、ダイヤモンドならぬ三角ベースの球場を、縦横無尽の大活躍だった。

「あれっ?ミノ君、あの舶来ビールの王冠は?」と、サッチャンが問う。

慌てて胸元を確かめると、左胸のシャツに御用聞きのケンちゃんが取り付けてくれた、自慢のバッチがなくなっているではないか!

目の色変えて慌てて探し回り、やっとバッターボックスの所で、土に埋もれたバッチを発見。

ところが既に、何度も皆のズック靴に踏まれペッチャンコ。

だからか、今でもスーパーのビール売り場で、「Heinekenハイネケン」のロゴを目にする度、あの日の事を懐かしく思い出してしまう。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~舶来ビールの王冠バッヂ!」(2018.4新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. 確かに❢
    いっとき、冠蓋が流行ってましたねぇ⤴
    町内に酒屋さんがあったんで、そこの看板娘さんに可愛がってもらっていたので
    ハナ垂れもモっちはこっそりと冠蓋を貰っていました。
    あの娘さんも、今じゃきっと・・
    美熟女になられている事でしょう❢
    まてよ❢ 私が66歳だから・・
    そうしたら・・今となっては、美熟女を通り過ぎているかも?

    1. やっぱり男坊主どもは、見果てぬ国のビールの王冠に溜まらないほど魅せられたものでしたよねぇ。
      でももう裏側にコルクのついた王冠は、とんと見かけられなくなっちゃいましたものねぇ。

  2. こんな寒い雨の日に 
    こんなにも たくさんの王冠を見たら おはじきでもして 遊びたくなります。
    ひさびさに 童心にかえって
    胸が躍りました。
    ありがとうございます。

    1. 王冠でおはじきってぇのも、ぼくの周りの女の子が遊んでいたような記憶がありますねぇ。
      みんなそうして身の回りのあり合わせの物で、楽しく遊んだものでした。

  3. 最近ではビールは缶ビール、ジュースはペットボトルと栓抜きを使う事が無くなった。だから王冠を目にする事も。そう言えば缶切りも使わない生活になって来た。今の子って、栓抜き、缶切りを使えるのかなぁ。これらを自分で使えるよになった時は嬉しかったものです。

  4. 王冠ブームがあったとは…( ◠‿◠ )
    でも 写真のようなカラフルな王冠を見つけたら きっと集めちゃうなぁ〜。
    私は 小学生の頃 可愛らしい消しゴムを集めてました。でも 机の上に並べるわけでもなく クッキーが入ってた缶にお気に入りの消しゴムを入れておくだけ。時々見て満足したりして(笑)
    何かに夢中になれるのって素敵なんだけど 今はまだ見つからない。
    小さくワクワクドキドキしてみたいなぁ。

    1. 女の子って文房具類が好きですよねぇ。
      家の娘も消しゴムを集めてましたよ。

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