「昭和懐古奇譚~ネズミの歯になぁ~れ!?」(2017.12新聞掲載)

「ネズミの歯になぁ~れ!?」

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「ネズミの歯になぁ~れ!」。

昭和半ばの時代、乳歯が抜けると子どもたちは、母から教わり下の歯が抜けたら屋根へ。

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上の歯は縁の下へ向かって、節回しこそすっかり忘れ果てたが、「ネズミの歯になぁ~れ!」と、口々に唱えながら、投げさせられたものだ。

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結構ぼくも母と一緒に愉しみだったように記憶している。

当時は、何でその呪文が、よりにもよって嫌われ者の「ネズミ」だったのか?

そんなことは、とんと気にも掛けていなかった気がする。

まだまだ今と比べたら、とんでもなく不衛生な時代であったものの、わが家の中でネズミを見かけたことはなかった。

時折見掛けるにしても、下水溝のドブの中をササッ走って逃げる姿くらいを目にする程度。

もっとも古くから立ち並ぶ、飲食店の方がネズミにとってお目当ての餌も、わが家なんぞより遥かに豊富だっに違いない。

だからぼくなんぞは、白黒テレビで楽しみに欠かさず見ていた「トム&ジェリー」の、あの愛らしいネズミのジェリーへの愛着の方が、不衛生の権化の様に忌み嫌われる本物のネズミよりも勝り、「ネズミの歯になぁ~れ!」と唱えることに、いささかの抵抗もなかった。

後になって分かった事だが、ネズミのように強い永久歯が生えますように、との意味合いがあるようで、地方によっては「ネズミの歯」の代わりに、「鬼の歯」「雀の歯」などが使われる地域もあったとか。

ちなみに西洋では、トゥース・フェアリーなる歯の妖精が存在し、抜けた乳歯を枕の下に置いて寝ると、翌朝その妖精がプレゼントやコインと交換してくれるとか!

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一方フランスにも、日本同様ネズミの歯のまじないが存在したそうだ。

何でもネズミの歯は、人間と異なり、生涯伸び続けるとかで、永久歯が丈夫になるようにとの、そんな願いも込められていたのだ。

ところが、乳歯が難なく抜けた後の「ネズミの歯になぁ~れ!」と、屋根や縁の下へ放り投げるのは楽しいものの、その前の恐怖の儀式だけは嫌で嫌でしかたなかった。

乳歯がグラグラになってくると、母は何だか嬉しそうに「お母ちゃんが、そっと痛ないように抜いてやるで!」と、妙に意気込んだものだ。

まずは母の膝枕で仰向けとなり、口をこれでもかって言うほど大きく開かせられる。

次に母は、木綿糸をグラグラになった乳歯に巻き付け、「エイヤー!」っと気合もろとも引っこ抜く、そんな前時代的で手荒な抜歯術であった。

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しかしそれを拒もうものなら、鉄板を掴むヤットコを、お父ちゃんの大工道具から取り出し、「そんなに糸で抜くのが嫌やったら、ヤットコで掴んで簡単に済ませたろか?」と。

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こうなったら手も足も出しようがない。

まるで俎板(まないた)の鯉の気分で観念し、母の手荒な抜歯術が一刻も早く終わるよう、目を瞑ったままひたすら祈り続けたものだ。

「よっしゃ~っ!抜けた、抜けた!」。

今にして思えば、母が一番嬉しそうだった気がする。

いつの間にか高度成長時代の置き土産の様に、高層マンションが立ち並び、「ネズミの歯になぁ~れ!」と、まじないを唱え投げたくとも、もう何処にもそんな手頃な屋根も縁の下もなくなってしまった。

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確かに手荒な抜歯術だけは、何ともおぞましい儀式ではあったが、「ネズミの歯になぁ~れ!」と純真な心で、母と一緒に唱えたあの頃が、今となっては無性に恋しくてならない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~ネズミの歯になぁ~れ!?」(2017.12新聞掲載)」への12件のフィードバック

  1. 歯・・80歳20本なんて事を言います。
    それくらい人間とって歯って大事なんですねぇ❢
    私のこだわりは、月に一度は必ず❢歯の掃除に行き❢
    朝、昼、晩と歯ブラシを変えてます。
    なんか?変だけどストレス解消にも役立っているかも❓
    出来るだけ長く自分自身の歯で美味しい物を食べていたいですねぇ⤴

    1. 今の歯医者さんの機材は、昔と違って進化して、随分改善されましたよねぇ。
      子どもの頃って、歯医者さんの使うドリルのようなものが口の中に入って来るだけで、息苦しくって仕方ありませんでした。
      だからか三月に一度の歯のクリーニングも、落ち武者殿とは違い決して率先して通っているのではなく、仕方なしにって感じです、

  2. 「ネズミの
      歯になぁ〜れ!?」
    なんて なんてかわいいんでしょうね。
    思い出します。屋根にあげたり
    縁の下に入れたりしてましたね

    田舎の歯医者さんは
    子供どうしで行くので
    せっかく 待っていても
    「今日は巨人の試合があるから」と帰らされた事があります。     

    1. 子どもの頃は、なんてことも思わず口づさんだものですが、ちゃんとそれなりの祈りや願いが歌に込められていたんですものねぇ。

  3. へ~!下の歯が抜けたら屋根の上へ、上の歯が抜けたら二階の屋根から下に投げていました。特にこの辺は何も言わなかったなあ。

  4. オカダさんのエッセイを読んで、私も抜けた乳歯を屋根に投げ上げてまった記憶がよみがえりました。ただし、上と下の区別なくぜんぶ上げたような記憶があります。いまでも、あの歯はあるのでしょうか。

    1. 各地でいろんなやり方があるのかも知れませんよねぇ。
      イガジジイさんの乳歯は、風雨で屋根から転がり落ち、庭の土の下に埋もれているかもしれませんよねぇ。

  5. 誰もが通る道なんだけど、歯が生え変わる時期って嫌だったなぁ。忘れちゃってたけど(^_^;)

  6. やめて〜! 糸もヤットコも!
    背中がゾクゾクする〜(笑)
    おまじないは知らなかったけど 屋根の上や縁の下に投げてましたよ。
    グラグラになった乳歯…
    私は ひたすら指で触り 最後は何かの拍子にポロッと落ちて「抜けた〜!」って喜んでました( ◠‿◠ )
    今では 成長の証として抜けた乳歯を残しておく為の可愛らしい乳歯ケースがあるんですよね。
    時代は変わったなぁ〜。

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