「昭和懐古奇譚~母の日のプレゼントは『孝行タニシ』」(2017.5新聞掲載)

「母の日のプレゼントは『孝行タニシ』」

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昭和半ばの、ある日の晩御飯。

食卓兼居間であり、時には勉強部屋や母の内職部屋、そして夜も更ければ寝室へと早変わりする、魔法の六畳間。

いつものように家族三人、丸い卓袱台を囲み夕餉の真っ最中。

その日の献立は、目刺しに芋の煮っ転がし、それとアサリのネギヌタだった。

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「酢味噌で食べるネギヌタは、お母ちゃんの大好物やわぁ」と母。

「具はアサリやなくとも、イカゲソでも、この時期のもんやったら、なぁ~んでも美味しいなぁ」と、お父ちゃんに目配せ。

「せやなあ、この時期はさっぱりしたもんがええなぁ」と、何かに付け波風立てぬのを信条とする父が、見事に当たらず触らずの模範解答で身を(かわ)した。

「でもやっぱり、この時期一番美味いのは、何と言ってもタニシのネギヌタやない?」と、母が夢見心地で呟く。

父はそんな母のどーでもいい戯言(たわごと)にも、「まぁ、せやなぁ」と残り少なくなったグラスのビールを干した。

昭和40年5月。

小学2年ともなると、周りでは「母の日」のプレゼセントが話題となった。

赤いカーネーションやエプロンにハンカチやら。

大層ご立派な、お屋敷住まいのお嬢様やお坊ちゃまならいざ知らず。

それに引き換えこっちは、小遣いすらろくすっぽ与えられぬ、筋金入りの庶民。

だからクラスの皆も、大半が折り紙や絵を描いて母の日のプレゼントにするのがやっと。

とは言え幼いながらも、やっぱり母の喜ぶ顔が見たかった。

5月の第2日曜、母の日の前日。

土曜の半ドンで学校から帰宅すると、いつものようにランドセルを放っぽり出し、草野球に行く振りをして、再び小学校の校門へと向かった。

小学校の校門は、その手前を流れる用水路を渡った所にあったのだが、その用水路のコンクリート製の橋桁に、タニシが一杯群生しているのを知っていたからだ。

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それを取って、母の日のプレゼントにしようと考えたわけである。

さっそく裸足になって半ズボン姿のまま、高さ1.5mほどもあろうかと思われる用水の中へと、エーイままよ!っとばかりに飛び込んだ。

獲物の入れ物は、出掛けにわが家のバカ犬、老犬ジョンの小屋から失敬した、ジョンの水飲み用の、あちこち凹んだブリキの洗面器。

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コンクリートの壁面は水苔でヌメヌメ。

そこにへばり付いているタニシを、ランドセルから抜き取って来た、竹製の30cm物差しでこそぎ取る戦法だ。

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「家の馬鹿息子が、とんでもないご迷惑をお掛けしてまって…」。

母は玄関口で用務員のおじちゃんに、深々と何度も何度も頭を下げた。

「わしが校門の施錠をしに見回りに行くと、橋の上にズックがきちんと揃えて置いたったんやて。ズックには『2年2組オカダ』って書いてあるし、直ぐに名前呼んだら橋の下から返事が聞こえたもんで、慌てて橋の上に引き上げたんやて」と用務員のおじちゃん。

「本当にこの馬鹿息子が、ご迷惑を…」と再び沈痛な面持ちの母。

「なぁ~んも、そんなこたぁええ。でもなぁ、そー叱らんでやってな。この子の身長では、用水の縁まで自力で這い上がることは出来やん。そんなことも考えず、夢中になって用水に飛び込んだんは、それなりの訳があったからや。あんたが食べたいってゆうとった、このタニシを一生懸命取っとったんやで。母の日のプレゼントにと。それにこの子は馬鹿やないで!そりゃあ少々腕白やけど、立派な孝行息子や」。

用務員のおじちゃんは、それだけ言うと、夕間暮れの道を学校へと戻って行った。

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「おじちゃん、ありがとう」。

おじちゃんの後ろ姿に大声を張り上げると、背後から母に抱きしめられた。

「おバカやなあこの子は…まったく…」。

母の声が心なしかくぐもっていた気がして、ぼくはそのまま振り向かず、黄昏を眺め続けていた。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~母の日のプレゼントは『孝行タニシ』」(2017.5新聞掲載)」への12件のフィードバック

  1. タニシって
    歯ごたえが好きです❢
    オカダさん家(ち)もタニシ、酢味噌、ネギであえて食べていた
    我が家も同じように食べてました。
    毎年、岐阜市内の梅林公園で開かれる「梅まつり」へ行って
    田楽定食「菜飯・タニシ・里芋」を食べるのが楽しみだった。
    因みに、2022年の梅まつりは中止だそうです。

    1. タニシの田楽も美味しい逸品ですよねぇ!
      辛口の超熱燗をすすりながら、もう一度味わってみたいものですなぁ!

  2. まるでドラマのワンシーンみたい( ◠‿◠ )
    ありがとうの代わりにムギュ〜ですね!
    用務員のおじちゃんもありがとう。
    もし気付かなかったら…。
    子供って後先考えずに突っ走るから。
    忘れられない母の日ですね♡

    1. そうなんですって!
      子どもの頃って、後先考えずに無手法なものなんですよねぇ。

  3. 落ちは、『滑って転んで泥だらけでお母さんに大目玉!!』かと思いきや、お母さんの喜んでくれる顔を想像して、後先考えずに行動しちゃったんですね。でも、用務員さんが気付いてくれなかったらどうなっていたんでしょうねぇ。

    1. そりゃあもう、翌朝生徒が登校してきてくれるまで、そこに居なきゃあいけなかったんでしょうねぇ。
      ああ恐ろしや!

  4. オカダさんは、幼いころの思い出を今でもとても大切にされて、ブログを読むと心温まります★
    母の日のプレゼントは、どんな高価なものよりも母を思う気持ちが伝わればそれで十分だと思います!
    その思いが嬉しくどんなにか尊いものだと母になって感じます。
    お母様は、孝行息子に育ったオカダさんに大変喜んでみえたと思います
    (*^^*)
    ところで、今日JAおんさいですごく大きく、ひときわ目立っていた立派な鬼柚子買ってきました!
    以前、大黒ライブでオカダさんが作った柚子ピューレを食べさせてもらい、とてもおいしかったです★
    その後、小さい柚子で作ってみましたが、なんかオカダさんのとはちょっと違うような出来上がりになりました。
    柚子ピューレの作り方のワンポイントアドバイスをお願い致します!

    1. 鬼柚子が手に入りましたかぁ!
      ぼくの「なぁ~んちゃって鬼柚子ピール」の作り方は、お教えできるようなたいそうな物ではありませんが、思い出しだし書き出してみますね。
      参考になれば良いのですが!

      1.適度な大きさにカットした鬼柚子の皮を、安物のラム酒720ml一本と、グラニュー糖1kg一袋を入れ、ゆっくりグツグツと煮込みます。
      2.鬼柚子の皮全体にラム酒と砂糖の甘味が染み込んだら、火を止めてそのまま鍋の中で冷えるのを待ちます。
      3.次に鬼柚子の皮を笊に空け、グラニュー糖を塗してキッチンペーパーの上に一つ一つ間隔を開けて広げ、再び増えからキッチンペーパーを被せ、外気で天日干しすれば出来上がりです。

      砂糖が一杯入ったラム酒のソースは捨てずに、剥き栗をじっくり煮込んで「なぁ~んちゃってマロングラッセ」を作って見るのもいいかも知れませんよ。
      ラム酒が手に入らなかったら、安いVOとかのブランデーでもOKだと思います。

      また完成したら食レポをお願いしますね。

      1. 分かりやすいレシピをありがとうございました!
        今、鬼柚子は玄関に飾っています。
        今日モーニングへ行ったら、喫茶店の出窓に鬼柚子が飾ってありました★
        鮮やかな黄色ですごく目立っていました!
        早速、材料を買ってきます
        (*^^*)
        柚子ピール作り、がんばります!

  5. ネギぬたの酢味噌和え 実家の母も大好物
    (◍•ᴗ•◍)❤   お店の残り物だった ゲソやイカが多かったかな ( ◜‿◝ )♡ 

    コリコリ食感のナマコも大好きでしたよっ!! 

    私もお酒を呑むようになりナマコの美味しさをわかるようになりましたね~♥
    母もビールより日本酒 ( ˘ ³˘)♥

    今日はインフルエンザ予防接種をしたので お酒はどうしようかなぁ~ ??

    1. あっ、ぼくはコロナのワクチンの後も、インフルエンザワクチン接種の後も、いつものようにプッハァとしてしまっていましたぁ(汗)

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