「昭和懐古奇譚~笑って泣いて、また笑う。これぞ人生、福笑い!」(2017.1新聞掲載)

「笑って泣いて、また笑う。これぞ人生、福笑い!」

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「1年の計は元旦にあり!だから今年は、何があっても家族全員、大いに笑って笑って笑うよ!さあ、皆で大きな声出して、今年一番の初笑いと行くよ!せ~の!アーッハッハッハァ~ッ!声が小さい!さあもう一度、声を合わせて!アーッハッハッハァ~ッ!ハイッ、明けましておめでとうございます」。

お節料理を前にしたまま、母がわが家の年頭所感を(のたも)うた。

確かぼくが、小学3年の元日の事。

その数日前の年末。

年越しの準備の買い出しで、名古屋の駅裏に母と出掛けた帰り道。

名鉄と近鉄を結ぶ半地下通路。狭くて天井が低く、一杯飲み屋の焼き魚の匂いや、床屋のシャンプーや整髪料の匂いが混じり、独特な臭いがわだかまっていた絡通路でのこと。

前方から人波に混じって、上半身素っ裸のような出で立ちで、裸の大将の山下清のように、大きなリュックを背負い、何やら大声で叫びながら、異様なオッチャンがやって来るではないか。

母は「すわ!一大事!」とばかりに、ぼくの手を引き通路の端に身を寄せた。

すると向こうから通路の中央をドッカドッカとのし歩きながら「アーッハッハッハァ~ッ!指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」と、浪越徳次郎さんが満面の笑顔で、通り過ぎて行くではないか!

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思わず振り返る人やら、通路の端で身を縮める人々の、好奇な視線をものともせず。

どうやら母の年頭所感は、年末偶然すれ違った、あの「アーッハッハッハァ~ッ」オジサンの影響に違いない。

炬燵で丸くなり、父とテレビの漫才を見ながら笑いこけていると、台所仕事を終え母がやって来た。

「さあ、いつまでもテレビばっか見とらんと、皆で『福笑い』やるよ」と、炬燵の上にお福さんの顔の輪郭が描かれた、大きな台紙を広げる。

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そして手拭いでぼくは目隠しされ、目と鼻、それに眉やら口を描いた厚紙を手渡された。

「さあ、まずは眉毛からやよ!もうちょっと左、いや、もう少し上」と、父も母もあっちでもないこっちでもないと、大声で笑いながらいい加減な指示を飛ばすばかり。

「さあ、次は目。次は鼻」といった調子。

「なんやら、どっかの誰かさんみたいになって来たぞ!」と、すっかり父もノリノリ。

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「さあ、その調子その調子!最後に口を置いたら出来上がりや!」。

いつの間にか言い出しっぺの母よりも、父の方が楽しんでいた。

「ウッ、ゥゥゥ…」。

急に母が嗚咽を漏らした。

慌てて目隠しを外し、母の様子を窺う。

すると母は、ぼくが仕上げたお福さんの顔を見つめ、「し…静江先生」と囁いたではないか?

「静江先生?」とは、耳慣れない名前に父もぼくもただただ呆然。

母は湯呑を煽り、さめた茶を苦し気に呑み込んだ。

「誰なんや?静江先生って?」。

父が優しい口調で問うた。

母は着物の袖で涙を拭いながら、「ごめんね。正月早々から涙して。さっきお母ちゃんが、宣言したのに!今年は何があっても家族全員、大いに笑って笑って笑うよ!って。でもこのお福さんの、やさしそうな目元を見とったら、なんや子どもの頃に空襲で亡くなった、担任の静江先生の顔に見えてきてなぁ。それで堪え切れんくなって…。ウッ、ゥゥゥ…。しかしそれにしてもよう見ると、まあようこんなにも、おっかしな顔に仕上がったもんやわ。アーッハッハッハァ~ッ!」。

笑って泣いて、また笑う。

人生泣き笑い。

どんなに泣いても、最期に笑えば福笑い。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~笑って泣いて、また笑う。これぞ人生、福笑い!」(2017.1新聞掲載)」への6件のフィードバック

  1. 笑う門には福来り❢
    なんて事を言うけどさ~ぁ⤴
    それって、難しいと思うねぇ❢
    「いつも、彼は笑顔を絶やさない好青年だぁ⤴」
    それを実戦してみると・・
    方や「なに?ヘラヘラしとるんやぁ⤴」と言われそうで・・
    そんなに、のべつ幕なし笑ってもいられない
    女性なんかは特に・・あまり笑顔を振りまいていると
    男性に「あの女性、俺に気があるな~ぁ⤴」と勘違いされそう❢
    私なんぞ、それで何回、勘違いしたことかぁ⤴
    難しいねぇ❢
    でもさ~ぁ⤴オカミノファミリーの皆さんとお会いする時は
    笑顔でお逢いしましょう❤

    1. そりゃあなんてったって、しかめっ面よりも笑顔の方が、断然心にも体にも良いに決まってますものねぇ。

  2. 最近、笑う事が少なくなった。だから、テレビを見ててちょっとした事にでも声を出して笑う事にしている⤴️そんな自分もまた可笑しくて(๑´ڡ`๑)

    1. 笑って泣いて、でもまた笑えればそれでいいのです!
      きっと良いことだってやって来るはずですから!

  3. 誰かに相談事を話して号泣して 最後に少し笑えると 案外スッキリするけど 一人で考え悩み泣いたりすると 暗闇から抜け出せなくなってしまう。
    フラッシュバックの如く 何かの拍子で頭の中に要因が浮かび 鼓動が激しくなり涙が出る。
    この半年 この繰り返しでした。
    きっと解決はしないだろう…
    でも来年は たくさん笑おうと思う。
    そして 良い事を引き寄せなければ(笑)

    1. 心を閉ざしてしまうと、小さな小さな笑いの種を見落としてしまうものですよねぇ。
      感情をニュートラルに保ちたいものです。
      小さな小さな笑いの種を、見逃さないためにも!

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