「昭和懐古奇譚~乳離れの特効薬!」(2016.7新聞掲載)

「乳離れの特効薬!」

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「ビッ…エ~ン!」。

それは大人になった今なら、差し詰め「何じゃあ…こりゃあ~っ!」とでも、表現した方が相応しいであろうか。

それほどまだ4~5歳だったぼくには、衝撃的であった。

「どうしたの?もうオッパイいらんの?」と母。

今思えば、空々しい言葉だ。

しかも記憶にはないが、母はしてやったりと、きっと薄笑いでも浮かべていた事だろう。

「ビッ…エ~ン!」。

もう一度、母の乳首を吸ってみたものの、どうにもこの世の物とは思えぬほど、(おぞ)ましい味がした。

「もういい加減あんたも大きくなったで、神様が『いつまでもお母ちゃんのオッパイを恋しがったらあかん』と、そう言うて見えるんやわ」。

母はそう言いながら、勝ち誇ったようにシミーズの肩紐を上げた。

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その数日前の暑い夏の昼下がり。

母の膝枕で、母の仰ぐ団扇の風に心地よく煽られ、昼寝の真っ最中の事。

老犬ジョンの甘える鳴き声に目が覚めると、隣のオバちゃんが上がり込んで何やらヒソヒソ話が始まった。

「ちょっと、あんたぁ!このセンブリがよう効くんやて。濃い目に煎じて、乳首に一塗りしとけば、どんな乳離れの悪い子でも、いっぺんやわ」と、オバちゃん。

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しかし当時のぼくは4~5歳でしかなく、そんなオバちゃんと母の会話の大半は意味不明。

この歳になってその場面を振り返ると、恐らくこんな内容であったに違いない。

「一人っ子のせいもあるんやろか?本当にこの子はいつまでも乳離れせんのやわ」と母。

「今はまだ家で、お母ちゃんにベッタリしとれるでええけど、これで幼稚園や小学校にでも行くようになったら、それこそえらいこっちゃで、可哀想やけど一日も早いとこ、心を鬼にしてこの子のためにも乳離れさせたらんとあかんよ」と、悪魔のようなオバちゃんの囁きが聞こえた。

その時はまさか、己が身にこんな災いが降りかかろうとは、これっぽっちも思いもしなかったのに…。

「今日からはお父ちゃんと一緒に、男湯に入るんやで」。

母は銭湯の入り口で、ぼくの手を放し父の方へと背中を押した。

これまではいつだって、母に手を引かれ何の躊躇(ためら)いも無く、女湯に入るのが常だったのに…。

うっすら自分の中でも、あの昼間の苦いオッパイ事件を潮目に、どこか風向きが変わり始めている気がしたのかも知れぬ。

銭湯から戻り、蚊帳が吊られ川の字に敷かれた布団に潜り込んだ。

蚊遣り豚から蚊取り線香の夏の匂いが立ち込める。

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いつもならそのまま消灯し、ぼくは母のオッパイを咥えながら、深い眠りに入るはずであった。

しかし母はまだ台所で、ガタゴトやっている。

すると何とも言えぬ、渋臭いにおいが立ち込めた。

昼間母の乳首を咥えた時、鼻を塞いだあの匂いに似ている。

既に無頓着なお父ちゃんは、端っこの布団で高鼾だ。

そうこうしていると、母が寝間着姿でやって来た。

ぼくはいつものように母の胸元に顔を預け、日課のように癖で乳首の在処(ありか)をまさぐり咥え込んだ。

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「ビッ…エ~ン!」。

母の胸から顔を()()らせた。

すると薄明りに浮かんだ母の白い胸。

しかし何故か乳首の周りだけが焦げ茶色に膨らみ、まるで駄菓子屋で見掛ける甘食のようになっていたのだ。

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今でも蚊取り線香の匂いを嗅ぐたび、まんまとしてやられた、あの乳離れの日が記憶を(くすぐ)る。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~乳離れの特効薬!」(2016.7新聞掲載)」への7件のフィードバック

  1. 可愛い〜 微笑ましい〜 切な〜い
    でも笑えま〜す( ◠‿◠ )
    ほとんどの子が必ず通る試練ですよね⁈
    我が三人の子供達の時は ミルクと混合だったから 全く苦労なく離乳食へと移行出来たけど 唯一苦労したのが 娘の指しゃぶり! これがなかなかやめられないのだ。娘の親指に山葵や辛子を何度塗ったことか…。
    あの時代をまるまる抱きしめたいわ( ◠‿◠ )

    1. その子その子によって、乳離れや親離れの手法や時期も異なって!
      それが個性でもあるんでしょうね。

  2. 蚊取り線香の匂いって
    何故か?好きなんです。
    数年前のがあるですが、もう効果はないと思うけど
    夏一年に一度は玄関先の置いて
    微かに匂ってくるのを「クンクン」しながら
    癒されています。
    私って変わり者かも?

    1. そんなこたぁーありません。
      ぼくだって今年の夏もベランダの窓を開けて、部屋の中で小さな直径5cmほどの蚊取り線香を燻らせ、ビールをプッハァといただいたほどです。
      ぼくも蚊取り線香の匂いがついつい恋しくなってしまいます。

  3. へぇ〜、乳離れの記憶があったなんて、それって相当なおっぱい好きじゃないですかぁ(笑) 今も?なんて野暮な事は聞かない聞かない(^_-)-☆

    1. あの思い出だけは今でも断片的ですが、脳裏に焼き付いちゃっていますよ。
      だって衝撃的でしたもの!

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