「昭和懐古奇譚~蠅叩きと折り畳み式蝿帳に、ガラス製の蠅取り棒」(2016.6新聞掲載)

「蠅叩きと折り畳み式蝿帳に、ガラス製の蠅取り棒」

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「ちょっとお父ちゃん、もっと右やて、右。あっ、そこそこ!」。

母が父に指示を飛ばした。

と言っても、何も父が母の背中の痒い場所を、探っているわけではない。

パシン!

「あっ、あ~あ。あかなんだわ!逃げてもうた…」。

父が項垂れた。

「何が『あかなんだ』や!本当に何やらせても鈍くさいんやで!おまけに蠅叩きを振り回すもんで、蠅取り紙にくっついとるやない!」。

昭和も半ば。

夏が目前となると、毎年必ずどこからともなく、銀蠅が五月蠅く部屋の中を飛び回ったものだ。

だから茶の間の卓袱台には、折り畳み式の蝿帳が、まるでテントの様に料理を覆い、蠅がたかるのを未然に防いでいた。

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しかしそれでもしたたかな蠅たちは、蝿帳の網目に止まり、恨めし気に中の獲物を睨みつけていたものだ。

さらに卓袱台の真上には、天井から蠅取り紙が垂れ下がる。

そして空中を我が物顔で飛び回る蠅を、飴色に艶びかりした紙の粘着テープが、一網打尽にしてやらんと手ぐすねを引いていたものだ。

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ある日の事。

ついに父が名誉挽回に打って出た。

「もう大丈夫やぞ!そこの荒物屋の親父に進められて、とっておきの新兵器買うて来たでな」と、不思議な形のガラス棒をひけらかした。

その名も「ガラス製蠅取り棒」。

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この蠅取り棒は、長さ1m、直径2cmほどのガラス製の筒で、先端がラッパの様に開いており、手元が電球のように丸くなっていた。

手元の丸い部分に水を入れ、手の届かぬ天井の蠅に、ラッパ型の口で覆って捕獲するという優れ物。

蠅はジリジリと狭いガラス管の中を下降し、やがて手元の丸い部分の水に落ち息絶える。

さすがにいつもなら鼻にも掛けぬ母も、この時ばかりは感心しきり。

父はすっかり株を上げ、してやったりとほくそ笑んだもの。

父はその後もしばらく、蠅取り棒を掲げながら、次から次へと蠅取りに勤しんでいた。

「どうや、面白いくらい捕れるわ!」。

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すっかり父は気をよくして、鼻唄まで捻り出す始末。

「ちょっと、お父ちゃん呼んで来て!もう晩御飯だよって」。

台所から母の声がした。

そう言えば、さっきから父の姿が見当たらぬ。

二間しかないわが家の事、庭にでもいるのかと玄関を出た。

すると母も「もうご飯やって言うのに、こんな時間にどこ行ったんやろ?」と下駄ばきのまま顔を覗かせた。

するとお隣のオバチャンの声が。

「助かったわ!本当に嘘のように、天井の蠅まで取れるもんやね。ありがとう、おおきになあ」。

「またいつでも言うてな。直ぐに蠅退治したるで」と父の声。

「お父ちゃん調子こいて、お隣まで蠅取りの遠征か!」。

母は機嫌の悪そうな顔をして、家の中へと消え入った。

「いただきま~す」。

卓袱台を囲み夕飯が始まった。

「ちょっと、お父ちゃん。そんなとこに蠅取り棒掲げて、なに突っ立っとるの?はよ座ってご飯食べてや!」、と母。

ところが父は一向に座ろうとはしない。

「いつまでも何しとるの!」。

母がついに苛立ちを見せ始めた。

「…いや、蠅取り棒をどこぞに掛けとく場所を、先に作っとくの忘れてもうて…」と、さっきまでとは異なり、ボソボソと父がつぶやく。

「もうご飯なんか食わんでもええで、そのままご近所中の蠅退治でもしとりゃええんやわ!」と、母の一撃で父はそのままノック・アウトとなった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~蠅叩きと折り畳み式蝿帳に、ガラス製の蠅取り棒」(2016.6新聞掲載)」への7件のフィードバック

  1. 写真のどれもこれも、昭和時代の遺産かも?
    でも、我が家には、まだ蠅叩きがあります。
    100均のですけどねぇ❢
    でも、最近は衛生的になったのか?
    昔のように蠅も見掛けなくなりました。
    ただコバエは見る❢
    毎年の事だけど、音もたてずに忍び込んで来て・・
    人の生き血を吸う、まるで小さな吸血鬼・・
    今年もどんだけ~~ぇ⤴輸血をした事やら❢
    えっ?あの黒い奴❢
    バルサン炊いた効果なのか?
    今年は見てない❢
    黒い奴も憎いよねぇ⤴

    1. あのおぞましい「黒い奴」は、なんとも不気味でとても親しくなれませんねぇ。
      それに引き換え、無農薬のベビーリーフの袋に入ってわが家にやって来た「肥後にゃん」とは、とんと比べ物になりませんよ。

  2. 今のように網戸なんて無かったから部屋に蝿が入って来たら追い払うのに悪戦苦闘。夜になると電器目掛けて蛾まで入って来てたもんねぇ(@@;)

    1. それに昭和の頃の木造家屋は、あっちこっち隙間だらけで、小さな虫たちにゃあどこからでも難なく、家の中へと忍び込めちゃったんですものねぇ。

  3. ガラス製蠅取り棒だけ お目にかかった事がないです。見た感じ 本当に取れるの〜?って思っちゃうけど 取れるんですよね⁈ でも私 身長がかなり低いから全く手に負えないですよ(笑)
    部屋に蚊が一匹でもいたら もう何も手をつけられなくなって 部屋中に殺虫剤を撒く撒く(大笑) 。 夜中なら最後を見届けるまで眠らないし。
    蠅も蚊も大嫌いだ〜〜!

    1. 蚊に纏わり付かれるのって、本当に嫌なもんですよねぇ。
      公園のベンチでのんびりお弁当を食べてる時に限って、耳元でブーンッ!
      振り払おうとして箸で掴んでいたウインナー落っことしちゃったり。
      そして挙句の果てに刺されちゃったり、踏んだり蹴ったり!

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