「昭和懐古奇譚~プラスチック製食パンケースにバターケース」(2015.11新聞掲載)

「プラスチック製食パンケースにバターケース」

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そりゃまあ母の遺品整理は手間取った。

今から23年前の今頃。

父は母を亡くした喪失感も手伝って、日毎(まだら)()けに(むしば)まれ続けていた。

ぼくは仕事の合間を縫い、母の遺品の整理に大わらわ。

よもや緊急入院となり、やがて命が絶たれようなどと、想像も付かなかった母は、日々の暮らしに必要な物や身の回りの物を、しこたま買い置いたままだった。

何度休みの度にそれらの処分に通った事か。

いよいよ残りは、押し入れと戸袋だけになった。

すると一番奥から、飴色に日焼けした柳行李(やなぎごうり)が。

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大切そうに一番奥に仕舞い込んであったことから、こりゃまたお宝か?と、俄かに色めき立ち上蓋を開けて見てガックリ。

それは忘れもしない、ぼくが小学校低学年時代のこと。

父の給料日後の日曜ともなると、母は決まって某百貨店の地下売り場の「80円均一」へと足蹴く通ったものだ。

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その柳行李から出てきた物は、「80円均一」で母が買い揃えた、プラスチック製の洋食器である。

不意に当時のワンシーンが頭を過ぎった。

「さあ今日からわが家も、お洒落な暮らしの始まりやよ!」。

母は買ったばかりの、プラスチック製食パンケースからパン2枚を抜き取った。

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そして段ボール箱から(おごそ)かに取り出だした、手垢一つない電気トースター上部の、細長く開いた穴へと差し入れる。

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そして「さあ、お父ちゃん。トースターのレバーを下げて、記念すべきスイッチの点灯や!」。

母は取扱説明書と首っ引きで、父にそう促した。

卓袱台中央のおニューの電気トースター。

パンの仄かに焦げる香りが立ち込め出すと、思わず家族3人卓袱台を取り囲み、トースターを覗き込んだ。

「チーン」。

素っ頓狂な音と共に、トーストが跳ね上がるとその興奮もクライマックス。

「やっぱり火鉢の上の網で焼くのとは違って、ええ塩梅やなぁ」と、感心しきりの父。

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「お父ちゃんが毎日、頑張って働いてくれるで、高価な電気トースターも買って貰えたんやよ」と、母が微かに涙ぐんだ。

そしてこれまた新品の、プラスチック製バターケースを開け、ピッカピカのバターナイフでバターを削り取り、焼き立てのトーストに母がバターを塗った。

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「はい、トースター(・・・・・)も焼けたで、熱いうちに食べるんやよ。足らんかったら、またトースター(・・・・・)焼いたげるで」と、したり顔の母。

以来わが家では何の疑いも無く、トーストでは無く焼き上がった食パンを「トースター(・・・・・)」と呼ぶようになった。

戦中派の両親も、小学校低学年のぼくにしても、焼いた食パンを「トースター(・・・・・)」と呼ぶものだと信じて、これっぽっちも疑いなどし無かった。

しかしそれが誤りと発覚したのは、裕福な家庭の友が遊びに来た時の事。

「お腹空いとったら、トースター(・・・・・)でも焼いてやろうか?」と、母が尋ねた。

すると友が、「おばちゃん!トースター(・・・・・)なんて焼いたって食べられないよ!トースターでトースト焼いてくれるんならいいけど…」と。

すると母が「あ、ああ、そうやったそうやった!ゴメン、おばちゃんすっかり言い間違えちゃった!恥ずかしいわ」と、瞬時に言葉を濁した。

英語は敵性語と叩き込まれた、そんな学生時代を生きた母。

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果たしてどこまで、本当の意味が理解できたか?

参考資料

もう今となっては、尋ねることも出来はしない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~プラスチック製食パンケースにバターケース」(2015.11新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. 今はパンを焼くだけのトースターって少なくなってきているような?
    オーブントースターが多い気がします・・
    我が家はこんがり焼けたパンに
    カナダ産(コストコ)の「はちみつ」を塗って食べています。
    バター、マーガリンに飽きた方
    朝から甘い物?っと思われるかも知れませんが
    騙されたと思って食べてみて下さい。
    きっとクセになると思います。
    でもさ~ぁ⤴「はちみつ」って中々イイ値段しますよねぇ!
    安さに負けて中○産は信用出来ないので・・
    噂では水あめを加工した物が出回っていると聞きました。
    ご用心!ご用心!

    1. トーストに蜂蜜ですかぁ!
      そりゃあ餡トーストにも引けを取らぬ美味しさでしょうねぇ。

  2. 懐かしさのオンパレードですね!
    我が家もプラスチック製の食パンケース 台所のテーブルの上にいつも置いてありましたよ。もちろんトースターやバターケースも。
    普段は思わなかったけど トーストの朝食のシーンだけ ちょっぴりお洒落な食卓に見えてたから不思議です。
    全てプラスチック製なんですけどね。
    あっ!お味噌汁は必ずあった気がします(笑)

    1. やっぱり!
      ぼくも好きだったなぁ!
      バタートーストを手で千切って、生卵を入れたお味噌汁に浸して食べていたものでした!
      思い出したら食べたくなってきちゃいましたぁ!
      明日やってみよっと

  3. オカダさん 頑張りましたね久々に小屋の中を掃除したら
    出てくる出てくる お宝が?です。
    その中でも今はレトロと言われる花柄のプラスチック容器は 懐かしすぎて そっと戻しときました。

    1. それはきっとお宝鑑定団なみの、家族の思い出が摺込まれたお宝じゃないですか!
      しっかりとご家族の思い出が染み込んだ、素敵なプラスチックですねぇ。

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