「昭和懐古奇譚~ハチの巣頭?」(2015.9新聞掲載)

「ハチの巣頭?」

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ブーン、ブーン、ブーン…。

交差点の信号待ちのたび、妙な音が聞こえる。

気のせいか?

ぼくは叔父が自慢の真っ黒なバイク、「目黒」の後部シートに跨り有頂天だった。

母の弟にあたる叔父は、広島から休みを利用し、黒光りする「目黒」のエンジン音を轟かせ、サングラス姿で首のスカーフを風に靡かせ、まるで米映画のイージーライダー気取りでやって来たのだ。

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しかしそれは昭和40年。

ぼくがまだ小学2年のことだから、まだ映画のイージーライダーが封切られる前の話。

当時の叔父の風貌が、後に映画館で観たヒッピー風のイージーライダーにあまりに似ていたため、恐らく後に自らの記憶を書き換えたに違いない。

昭和40年などといえば、オートバイのヘルメット着用が義務化される前の前。

道路のアスファルト化も一部の主要幹線道だけにしかすぎず、交通量も今とは比べものにならぬほど少ない。

忙しくもなく何もかもが緩やかな、ヘルメットを被らなくてもよいノーヘル時代だった。

叔父が颯爽と我が家の前に「目黒」を横付けした時には、近所の腕白坊主どもが羨望の眼をキラキラ輝かせながら、遠巻きに押し寄せたものだ。

わずか3日の叔父の滞在ではあったが、何よりぼくには叔父の存在そのものが自慢であった。

「よう広島くんだりから、そんなバイクなんかで、無事にやって来れたもんやなあ」とは、何年振りかの再会に際し、母が開口一番叔父に放った最初の一言だった。

「それに何ちゅう恰好やの?髭も伸び放題で、髪もざんばらのボッサボサで。そんなんやでいつまで経っても、嫁の来てがないんやわ」と追い打ち。

とは言えぼくからすれば、意表を突いた叔父の恰好が、殊の外斬新に見えてならなかった。

ブーン、ブーン、ブーン…。

まただ!

でも「目黒」のエンジン音などではない。

ああっ!

「叔父さん大変だ!蜂に刺されちゃう!どうしよう?」。

再び信号待ちでバイクが停止した時、ついに妙な音の正体を見破った。

こともあろうにその音源は、叔父の背にしがみ付くぼくの目の少し上。

つまり叔父の後頭部だ。

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母がいみじくも言い放った、叔父の「髪もざんばらのボッサボサ」の、後頭部の縮れた髪の毛の中に、何処でどう飛び込んだものか、ミツバチが捕らわれの身となり、縮れ毛から必死で逃げ出そうともがき、羽ばたき続けているではないか!

「えっ、なんやって?」と叔父がぼくを振り返った。

「叔父さんの、後ろ髪に蜂が入り込んでる!」と告げると、叔父は必死に後頭部の髪の毛を掻き毟った。

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「痛っ!」。

見事に叔父は、指先に蜂の一刺しを見舞われ、腫れてズキズキ疼く痛みと格闘しつつ、我が家へ這う這うの体で引き返した。

さすがの叔父もそれに懲り、翌日散髪に出かけ髭も当たりスポーツ刈りのさっぱりとした風貌に。

「ほれみい!男はだらしない恰好せんと、ピシッとせなかん!」。

叔父を一目見るなり母は、してやったりで叔父に言い放った。

ぼくからすれば誰憚ることもない、立派なオッチャンの叔父ではあっても、母にすればいつまでたっても洟垂れ小僧のままな、幼い日の弟に過ぎなかったのだろう。

兄弟のないぼくには、そんな二人の姿が妙に羨ましくてならなかった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~ハチの巣頭?」(2015.9新聞掲載)」への6件のフィードバック

  1. 私の子供の頃にも、似たような話があります。
    母親の弟(叔父さん)の話です。
    くれぐれも昔の話ですから・・
    叔父さんは小学校もろくに卒業しないで
    岡林信康さんの歌にもありました。
    東京の山谷でその日暮らしの生活をしていました。
    でも、母親(姉)を頼って、数年に一度帰って来ます。
    2泊くらいして、また、山谷のドヤ街へ帰って行きます。
    叔父さんのエピソードは書ききれないぐらい一杯あります。
    中でもひとつ・・
    夜中に高速道路のアスファルト補修工事している時に
    アスファルトが熱いもんだから、あっちこっちで
    作業している人が飛び跳ねているのを面白くおかしく聞かせてくれました。
    お酒が大好きで、そんな叔父さんも数十年ほど前に亡くなりました。
    ホント!フーテンの寅さんそのままの叔父さんでした。
    女性問題は全くありませんでしたけどねぇ!

    1. 子どもの頃って、そうやってオジサンやらの話から、興味津々で大人の世界を垣間見たりするものですものねぇ。
      家にも落ち武者殿の叔父様のような、はぐれ者の叔父が一人おりました。

  2. 以前、ベランダで蜂がウロウロしてるのを見掛け、巣でも作られたら大変と気が気じゃなかった事があったなぁ。何もしなければ攻撃はして来ないと言うけれど・・・でもねぇ⤴️

    1. ぼくは小学生の頃、火の用心と書かれた赤い防水バケツの中で、ミツバチがおぼれそうになっていたので、救い上げて放してやろうと手で救ってやったら、見事に蜂の一刺しを食らってしまいました。
      なんと恩知らずが!と思いましたが、蜂にして見たら身の危険を感じたのかも知れませんよねぇ。

  3. 洗濯物を干す時に蜂を見かけると 一旦部屋に戻って蜂の動きを見て 遠くに行ったのを確認してから干してます。
    もちろん足元に殺虫剤を置いて(笑)
    時々洗濯物に キゴシハナアブという蜂に似た虫がくっ付いてる事があって ちゃんと振ってから取り入れてるのに 洗濯物を畳む時にブ〜ンって出てくる事も。殺虫剤片手に走ってます(泣笑)

    1. でもそれだけ環境がいいってことですよ!
      しかしあの蜂の羽音は、やっぱり身をこごめてしまいますよねぇ。

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