「昭和懐古奇譚~爪に火を点したバースデーケーキ」(2014.11新聞掲載)

「爪に火を点したバースデーケーキ」

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11月の誕生日が近付くと思い出す。

それはもはや、昭和のスイーツ遺産とも呼ぶべき、バタークリームこってりのバースデーケーキ。

それと歳の数を表わす蝋燭だ。

胃もたれしそうなほどこってりとしたバタークリームが、パサパサのスポンジケーキを覆い、葡萄やさくらんぼを真似た、ゼリーのような砂糖菓子のような、得体の知れぬ妙に甘ったるい物が乗っかり、小粒の仁丹に似た銀色の丸いチョコレートが散りばめられていた。

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それでも誕生日とクリスマスにしか、トントお目に掛かれない、貴重で尚且つ高価なケーキだった。

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「主人の勤めとった工場が潰れて、今は職安通いの日々。有り余るほど蔵に金が唸っとりゃええが。毎日爪に火を灯しながら、今日をやっと生きとるんやで堪忍してな」。

ある夜の事。

トイレに立とうと寝床から起き出すと、玄関から襖越しに薄明かりが漏れ、母と聞き覚えのない物売りらしき男の声がした。

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耳を澄ませていると、『爪に火を灯しながら…』と、母の声が耳を衝いた。

なぜならその夜、ぼくの誕生日のケーキのことで、「今年はなあ。お父ちゃんの工場が潰れたもんで、ケーキはいつもの年よりちょっと小さくなるけど我慢してな」と、母がいつになく情けなさそうに小声で耳打ちしていたからだ。

―ええっそんな!ってことは、ケーキが小さくなるのはともかく、蝋燭も買えないから、お母ちゃんが『爪に火を灯す』ってこと?―

子どもながらに、わが家の家計のピンチを、うっすら悟った。

斯くなる上は!

「お母ちゃん、ぼく明日から朝5時起きして、町内をマラソンするからちゃんと起してね!」。

「5時なんてあんた、まだ真っ暗じゃない!」。

「大丈夫だって!裏の純くん家のオジチャンも一緒だし」。

「……」。

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裏の純くん家とは牛乳屋さん。

だからぼくはオジチャンの運転する軽トラの荷台に乗り込み、牛乳を玄関先の牛乳箱に入れ、空瓶を回収するバイトの真似事を頼み込んだのだ。

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とは言えバイト料なんて、小学生だからとすっかり足元を見られ、小銭稼ぎ程度のもの。

でも毎日頑張れば、お母ちゃんが「爪に火を灯さなくても済む!」と。

「お誕生日おめでとう!さあ、蝋燭の火を吹き消して!」。

小さなバースデーケーキの上には、ちゃんと9本の蝋燭が灯されていた。

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「こんなこと、しなくたってよかったのに」。

お母ちゃんが不意に泣き出した。

牛乳屋のオジチャンから毎日受け取った、小銭の入った紙袋を握り締めながら。

「だって、お母ちゃんが爪に火を灯すって言ってたから!」。

すると母は「爪に火を灯すってのは、昔々の例え話。貧しくって行燈の油を買うお金も無いから、爪に火を灯さなきゃならないって言う。まさかこんな時代に、そんなことする人なんているわけないじゃない!お馬鹿だねぇ、本当にこの子は」と、母は泣き笑いのままぼくを力強く抱きしめた。

抱きしめられた瞬間、フワッと薫った母の甘い匂いを、ぼくはきっと死ぬまで覚えている事だろう。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~爪に火を点したバースデーケーキ」(2014.11新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. ケーキってさ~ぁ⤴
    昔に比べると、小さくなったよねぇ!
    小麦とか乳酸製品の値上がりだと思うけど
    それに値段も上がって、もう市民の食べ物ではなくなりそう!
    これからは盆と正月どころか誕生日ケーキも買えなくなるかもねぇ?
    また、来年2月には何もかも値上がり!
    どうするぅ⤴
    と言っても生活しなければいけないしねぇ
    まぁ~⤴あがいてもろくな事ないから・・
    オカダさんのブログへ投稿してストレス解消

    1. ぼくのブログに投稿してストレス発散できるなら、多少のお役にも立てているようでうれしい限りですって!
      感謝感謝!
      この世知辛い世の中からは、一向に明るい兆しすら感じられませんが、やっぱりささやかな暮らしの中で、大いに笑って過ごしたいものですねぇ。

  2. 初めて生クリームのケーキを食べた時はその美味しさに驚いたよねぇ、スポンジも柔らかいし生の果物が乗ってるし。美味しいものはカロリーが高い⤴️あ〜、罪だぁ!!

    1. ぼくなんて奥手で、随分随分立派な大人になってから、やっとこさ生クリームのケーキをいただいた気がします。
      でもやっぱりもう一度、ほんの少しだけバタークリームのケーキを食べてみたいと思っています。
      胸焼けしそうなので、ほんのチョットだけ!

  3. クリスマスには小学校の給食に、バタークリームのショートケーキが出たことを覚えております。いまは、生クリームのケーキが当たり前になってまって時代の変遷を感じます。数年前、クリスマスでもないのに無性にバタークリームのケーキが食べたくなって、北海道にある製菓メーカーから取り寄せました。美味しかったです。
    それにしても、オカダさんが小学校3年生の時に牛乳配達のアルバイトをなさっておられたとは!
    オカダさんの感性の塊は幼少期から育っていたのですね。ご母堂様とのふれあいが目に浮かぶようです。なつかしい、お話をお聞かせいただきありがとうございました。

    1. あのバタークリームのコッテリとした食感と味。
      ぼくもこのところ無性に食べたくって仕方ありません。

  4. ありましたね〜。真っ白ではないクリームにデコレーションのピンクの花。
    当時は 食べてたんだろうなぁ〜。
    クリームの味とスポンジケーキのパサつき感を覚えてるから。
    今では ショートケーキ1つでも多くて胸焼けしちゃうのにバタークリームなど絶対に無理(笑)。お饅頭なら全然平気なんだけど( ◠‿◠ )

    1. そうですかぁ!
      ぼくなんて胃薬片手に、頬張っちゃうかななぁ~んておもっています。

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