「昭和懐古奇譚~ザーマス言葉とバタ臭い顔」(2014.6新聞掲載)

「ザーマス言葉とバタ臭い顔」

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思い返せば昭和半ばには、今じゃ耳にすることもない言葉が罷り通ったものだ。

「まあお宅のお坊ちゃんは、とても賢そうで実に礼儀正しいですこと!」。

「そうザーマスか?お宅のお嬢様こそ、フランス人形のように色白で可愛らしくってよ」ってな感じ。

それも山ノ手の瀟洒な住宅街ならいざ知らず、コテコテの下町での話しだからたまったものじゃない。

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しかもテレビから仕入れた、妙ちくりんな「ザーマス言葉」を使うオバチャンたちは、いずれも下駄ばきに割烹着姿でサザエサンパーマとくりゃあ、もう滑稽を通り越し切なくなるほど。

そこへもって、ボロのズック靴に半ズボンとランニングシャツ姿が「お坊ちゃん」で、オカッパ頭にブルマー姿が「お嬢様」では、もういたたまれたものじゃない。

そんなある日のこと。

近所に町内一の伊達男と評判の、中学生のお兄ちゃんがいた。

「どうしてあのご両親から、あんなにバタ臭いお顔をした、映画俳優みたいないい男が、生まれたんザーマスかしら?」と、オバチャンたちの井戸端会議の声が漏れ聞こえた。

それを小耳にはさんだぼくらは、「バタ臭い顔ってなんやろ?」。

「バタ臭いじゃないって!バッタ臭いを聞き違えたんやて!」。

「じゃあバッタ臭い顔って?」。

「そりゃあ……バッタみたいに、顔がシューッと細長いからやろ?」。

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「じゃあ、そんな顔になったら、ぼくでも映画スターになれるんかなあ?」。

「だったらバッタみたいに、毎日原っぱで草喰わなかんぞ!」。

そんな男坊主どもの他愛ない話に、幼馴染のおませなマーチャンが、傍らから口を挟んで来た。

「おバカやねぇ。バッタ臭いじゃなくって、本当はバター臭い顔って言うの。それを縮めてバタ臭いって、お母さんたちはそう呼んでるの!」と。

「じゃあお兄ちゃんの顔に鼻を近付けたら、バター臭い匂いがするの?」とぼく。

「そんなこと私が知るわけないわよ。だってお母さんたちが話してるのを、こっそり聞いただけだもん」。

「だったらみんなで確かめようよ」。

お兄ちゃん家の前に陣取り、学校帰りを待ち構えた。

話し合いの結果、女のマーチャンの方が、いざと言う時の言い訳もしやすかろうと。

お兄ちゃんの顔の匂いを嗅ぐ大役は、マーチャンに委ねる事に。

玄関先で自転車から降りたお兄ちゃんに、マーチャンが駆け寄った。

「お兄ちゃん、顔に何か付いてる!私が取ってあげるから動かないで!」と。

マーチャンはお兄ちゃんの顔に鼻を近づけ、ヒクヒクヒクヒク。

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「ねぇ!ところでバターって、どんな匂いがするの?」と、真顔でぼくらを振り返った。

確かにバター臭いとは言うものの、そもそもバターの匂い自体をぼくらは知らなかった。

しかしそれにしても、その時のお兄ちゃんの怪訝な表情たるや、未だに忘れられはしない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~ザーマス言葉とバタ臭い顔」(2014.6新聞掲載)」への10件のフィードバック

  1. 出た~~ぁ⤴
    昭和30年代を代表する!
    ダッコちゃん!
    我が家も兄貴と私で二つありましたが
    腕に付けているだけで、
    今、思うとなんて事ない空気入れてるだけの人形なんだけどさ~ぁ⤴
    誰しも持っていた、流行って、凄い!
    でも、子供だったから飽きるのも早い
    いつの日か?人形の空気がなくなって・・
    家の柱にかろうじて抱きついていた、ホコリまみれのダッコちゃん人形
    あ~~ぁ⤴あの!ダッコちゃん人形は何処に・・・?

    1. ええっ、ぼくん家なんてダッコちゃん、どんなに強請っても買って貰えませんでしたよぅ。
      羨ましい!
      しかもお兄さんと二人とも持っていらっしゃったとわぁ!

  2. 子供の頃、トーストにバターを塗るのに硬くて硬くて四苦八苦。少し常温に戻したら柔らかくなったのかもしれないけれどそんな知恵も無く。だから最初っから柔らかいマーガリンの出現にはたまげたねぇ。

    1. そう言えば、名鉄百貨店の地下にあった80円均一でお母ちゃんが得意げに買った、花柄模様入りのプスチック製バターケースなんぞに入っていたものでした。
      その花柄シリーズとお揃いの、食パン一斤入りのパンケースもあった気がします。

  3. 会社員時代、研究所勤務のとき官能検査のパネラーをやりました。
    悪臭検査のテストでは、足の臭いのイソ吉草酸、バターの酸化臭の酪酸などがありました。酪酸は鼻の下の角のところを少し擦ると臭ってくる、あのにおいです。

    1. とってもいい匂いの検査ならいざ知らず、悪臭検査となるとそれまたおどろおどろしいものがありますねぇ。
      例え薬品の匂いであったにせよ、容易にその悪臭が漂うシーンが脳裏をよぎると、思わず咽かえっちゃいそうですねぇ。

  4. プラスチックのバターケース 実家にもありましたよ〜 ♡(ӦvӦ。)♡   

    レトロな柄のガラスのコップにマホー瓶や ホーロー鍋も  一回りして 今は 若い女子に人気らしいですね (✷‿✷)

    手放さずに持っていたら良かった~❢ って思う物が た~くさん (◠‿・)—☆

    1. 時代はいつの世も、そうやって流行りのスポットライトがグルグルと回って、気まぐれな感じで、その時代に選び抜かれたピカイチのモノを照らし出すものなんでしょうねぇ。

  5. ザーマス言葉が流行ってたなんて…。
    TVドラえもんに出てくるスネ夫君のお母さんが頭に浮かびましたよ(笑)
    バタ臭い顔 バッタ臭い顔 笑わせてもらいました( ◠‿◠ )
    少し前なら しょうゆ顔にソース顔。
    流行りって不思議ですよね。次から次へと変わっていくけど 数年後には また元に戻ってくる。
    なんでだろ〜う?♪♪♪

    1. 流行りって回遊魚のようなものなんでしょうかねぇ。
      その群れの中で生きるもよし、でもぼくはきっと群れの中では生きられず、一人はぐれて気ままに海の底辺りをのらりくらりと泳いでいそうです!

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