「昭和懐古奇譚~メリケン粉ってうどん粉?」(2014.4新聞掲載)

「メリケン粉ってうどん粉?」

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昭和半ばの茶の間の洋食と言えば、言わずと知れた「お母ちゃんのカレー」を置いて他にない。

どの家庭にも、それぞれお母ちゃんの味があったはずだ。

わが家がカレーの日は、直ぐに分かった。

だってどう見ても3人家族にゃ手に負えぬ、大きな真鍮色したアルマイトの鍋が、ガスコンロの上でグツグツ煮立っていたのだから。

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それにカレーの日は、(つき)(ずえ)の父の給料日後と相場が決まっていた。

「ちょっとお父ちゃん。ボーッとそんなとこに突っ立っとらんと、メリケン粉取ってまえん」と母。

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「えーっと、このうどん粉のことか?」と父。

母のメリケン粉に対し、父はすかさずうどん粉と切り返す。

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すると母は、カレールーを半分だけ鍋に入れ、ひとしきり掻き混ぜる。

そして今度は、父曰くうどん粉であるところのメリケン粉を、鍋の上から振り掛けるようにして入れ、再び掻き混ぜながら塩を摘み入れ味を調えた。

大人になって分かったのだが、それはカレールーの箱に書かれた、レシピ通りではなく明らかな掟破り。

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本来なら全部入れなければならないカレールーを、母は半分だけにケチり倒し、うどん粉ならぬメリケン粉で水増ししていたという事だ。

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だからわが家のカレーの色は、食堂入口のショーウィンドーで見かける、蝋細工のカレーの深い茶色とは異なり、妙に薄っぺらなレモン色をしていた。

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だが母はそうして、厳しい家計の遣り繰り算段をしていたのだろう。

「いっただきー…」。

手を合わそうとした寸前。

間の悪い事にお向かいのオバチャンが、コロッケのお裾分けを持ってやって来た。

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特に長話で知られるオバチャンである。

すると嫌な予感は見事的中。

皿に盛り付けられたカレーライスを前に、父と二人成す術も無くお預け状態。

どれほどオバチャンの、碌でもない与太話が続いたろうか。

次第にカレーの表面が、波を打ったような状態に固まり始めた。

まるで大きなオブラートで、覆い被せたようにである。

大人になってそれも判明したのだが、カレー粉をケチって小麦粉で水増ししたから、小麦粉がカレー表面を覆う被膜となったのだ。

「ゴメン、ゴメン」と母が、卓袱台に着いた頃には、カレーライスもすっかり冷め、オブラートの幕が張り巡らされ、目も当てられなかった。

メリケン粉とうどん粉、それに小麦粉。

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どれも同じではあっても、ぼくの愛した昭和には、やはりメリケン粉やうどん粉の呼び名の方が、親しみもあり懐古的でお似合だ。

そう言えば、子どもの頃のカレー皿が、今も1枚だけ手元に残っている。

やや深めの大皿で、底に大きなバラの花がいくつも描かれた、大量生産の安売り品だ。

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母の遺品整理の際に、押入れの隅で見つけた代物。

今でも時折、お母ちゃんのカレーを真似、その皿に盛っては見るが、母のあの味には到底及ばない。

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どれだけ母のメリケン粉や父のうどん粉の隠し味を足そうにも、記憶の彼方のお袋の味には、もう二度とたどり着けそうにない。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「「昭和懐古奇譚~メリケン粉ってうどん粉?」(2014.4新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. カレーって
    大体の家庭が市販のカレールーを使っているのに
    何故か?
    味がそれぞれの家庭で味が違うと思う
    不思議です、家庭によって愛情のスパイスが違うのか?
    私は、沢山ジャガイモが入っているのが好き!
    そう言えば、よほどの事がない限り外食でカレーって食べない気がする。
    カレーで有名な○○一番も20年以上食べてない!
    どちらにしても家カレーが一番美味しいねぇ!

    1. 確かにその家その家のカレーの味ってぇのがあるんでしょうねぇ。
      それもまた、紛れもないおふくろの味。
      ぼくも外食でカレーなんて、もうかれこれ随分食べてませんねぇ。

  2. 子供の頃、オリエンタルカレーの宣伝カーが近所に来てました。腹話術を見せてくれた後、カレールーの販売。その日の朝には、空からビラが撒かれ上を見ながら拾い集めたりして。そんな時代もあったんだよねぇ。今じゃ考えられんけど。

    1. ありましたねぇ。
      セスナで大空から、間延びしたアナウンスが聞こえてきたものでした。
      懐かしい!

  3. あったあった、セスナ機からのビラ撒き。子供同士で拾いに走り回りました。今では考えられない光景ですね。僕らのところは家具屋さんの広告でした。
    うどん粉カレーもいいですね。今のカレーはスパイシー過ぎると、オジイの僕は思います。

    1. うどん粉カレーももう一度食べたいにゃあ変わりありませんが、やっぱり胸焼けしちゃいそうですねぇ。

  4. カレーといえば我が長男の笑い話が…。
    食べる事が大好きな長男は 私が料理を作ってると 『今日のおかずは?』って感じでキョロキョロウロウロ。
    なんなら冷蔵庫からお肉を出してくる。
    ある日 ジャガイモと玉葱とにんじんを切って煮込み始めたら 自らカレー粉を持って来て「カレー!」とアピール( ◠‿◠ )
    「でもね 今日は肉じゃがなんだよ。ごめんね。」と言いながら糸蒟蒻を鍋に入れると そっとカレー粉を置いて部屋に戻って行きましたとさ。

    1. そりゃあまた物分かりがいいじゃないですか!
      一瞬ぼくは、肉じゃがをカレーに仕立て直されたのかと思っちゃいましたぁ。

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