Gifu Poem「洞戸ヤナ」と「昭和懐古奇譚」(2013.8新聞掲載)

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抜ける青空蝉時雨 瀬音涼しき洞戸ヤナ

子らがはしゃいで追い立てる 落ちる運命(さだめ)の子持ち鮎

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夏の盛りも峠越(とうげご)え ヤナの飛沫(しぶき)も冷たかろ

川面舞い飛ぶ(あき)(あかね) 送り火焚けば秋支度

「牛乳瓶の栓抜き」

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「おーい、上がるぞー!」。

銭湯の湯船の中で、父が声を張り上げた。

すると女湯から「はぁ~い!」と母の声。

男湯と女湯とを仕切る、タイル貼りの洗い場の壁。

その上をいくつもの夫婦もんの声が飛び交う。

父の声が号令となり、ぼくは脱兎のごとく湯船から飛び出し、脱衣場の扇風機の前に陣取り火照りを鎮める。

そして磨りきれそうなほどに使い込んだ、パリッパリのタオルで体を拭く。

今の柔軟剤などあるはずも無い昭和の半ば。

真夏の炎天下に晒されたタオルは、まるで乾燥湯葉のよう。

おまけに中央には、物干し竿の竹の節目までがクッキリと浮かび上がり、ゴワゴワで容易に畳めもしない。

そいつで日焼けした顔や体をゴシゴシ拭くのだから、紙やすりで研磨される木片の気持ちも分かる。

そして父を真似、腰にタオルを巻き、番台近くのガラス張りの冷蔵庫の前へと赴き「ジャンケンポン」。

父が勝てばコーヒー牛乳、ぼくが勝てばフルーツ牛乳。

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勝っても負けても恨みっこ無し。

仲良く分け合って飲むのが、男同士の決め事だった。

「やったあ!」。

その日は見事にぼくの勝ち。

番台の上に据えられたテレビから、プロレス中継が放送されているから、父は気も漫ろ。

グーしか出さないと相場は決まっていた。

番台のオヤジに牛乳代を支払ったが最後、完全にプロレスに気を取られ、拳を振り上げ応援に夢中。

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だからその隙に小声で「ジャンケンポン」と、ぼくがパーを出すだけ。

「父ちゃんの負けだから、今日はフルーツ牛乳ね」と念を押し、冷蔵庫から牛乳瓶を取り出す。

まずは飲み口を覆う薄いビニールのカバーを剥ぎ取る。

そして冷蔵庫に取り付けられた、牛乳の栓抜きを片手に、飲み口を塞いだ紙のキャップに針先を差し込み、梃子の要領でこじ開ける。

この栓抜きは、牛乳メーカーがサービスで配布する物で、二種類あった。

一つは針先が剥き出しになったもの。

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これは子どもにとって危険との理由で早々に姿を消した。

次に現れた改良型は、針先の周りをビニールの輪っかが取り囲むタイプ。

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どこの家庭の冷蔵庫にも、輪ゴムで編んだ紐が垂れ下がり、先っちょに牛乳の栓抜きが2~3本はぶら下がっていた。

それを引っ張り、牛乳の栓抜きで紙製キャップをこじ開けた矢先。

すっかりプロレスに夢中の父が、テレビの歓声に合わせ空手チョップを振り回し、勢い余ってぼくの手のフルーツ牛乳を、吹っ飛ばしてしまった。

片手を腰に宛がい、グビグビと飲み始めようとしたその寸前に。

無残にもフルーツ牛乳は床に飛び散った。

そこへ運悪く、男湯と染め抜かれた暖簾を腕押し、選りにもよって母が顔を出すではないか。

嗚呼、万事休す!

「ちょっとあんたら!まんだ裸のまんまやないか。えーかげんにせなかんで!」と、怒り心頭。

その夜は寝床でも珍しく、母のお小言が続いた。

あっ待てよ!

それは風呂屋の一件が原因じゃなく、夫婦喧嘩の延長戦?で、そのとばっちりがぼくにまで?

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「Gifu Poem「洞戸ヤナ」と「昭和懐古奇譚」(2013.8新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. 牛乳って!
    大人になると飲まなくなると思うけど・・
    私だけ?
    小学校の低学年の時は「脱脂粉乳」だった!
    歳がばれるけど!
    それもアルミで出来たお椀にそそがれて・・
    美味しいとは言えなかったねぇ!
    でも途中でガラス瓶の牛乳変わって
    蓋は段ボールより少し薄くてねぇ!
    フォークを上手く利用して蓋を開けたもんです。
    けど、悪ガキ達の間では、前歯を使って蓋を開けるのを競って
    上手く開けれないと顔面に飛び散ったり
    服が牛乳まみれになったり・・
    悪ガキ達の考える事って面白いよねぇ!

    1. ぼくも小学校の低学年の頃は、脱脂粉乳でした。
      みんな嫌ってましたが、ぼくは結構平気で飲めない女の子たちの脱脂粉乳も手伝って飲んであげたものです。

  2. プロレスではヒールが栓抜きを持ち出して反則技を繰り広げた場面を思い出します。いまからかんがえれば、アレはビールの栓抜きであって、牛乳の栓抜きではなかったのですね。昔は知らなかったので、その場面は怖くて目を背けてました。父親は知っていたのか拳を握りながら、海苔の缶を枕代わりにして観てました。
    牛乳のフタは切れ込みを入れて、ゴム動力で遊んでました。なんやかやと工夫して遊んだオジイの少年時代でした。

    1. ぼくもプロレスの流血シーンが怖くって、よく目をつぶっていたものです。
      でも何で当時は確かに白黒テレビだったのに、流血シーンの血の色だけ鮮明な赤色に見えていた気になったんでしょうねぇ。

  3. かわいい〜可愛すぎてお父様も
    思わず そうされてたのかもしれませんね。
    それから 針の栓抜きが懐かしすぎて 参考写真 ありがとうございます。それからそれから
    いつも行かないスーパーで
    フルーツとコーヒーと書いてある小さめのペットボトルを見つけてパッケージの色が参考写真にそっくりだったので昔懐かしいフルーツ牛乳なのかなぁ〜と
    思わず買ってしまいました。
    美味しくて懐かしい味がしました。

    1. フルーツ牛乳は、牛乳の中では女王様のような、光り輝く存在でしたものねぇ。
      懐かしくってぼくも飲んで見たくなりました。

  4. 子供の頃 時々銭湯に連れて行ってもらうと 私は必ずコーヒー牛乳を飲んでました。ちょっぴり牛乳苦手なので。
    その栓抜きも懐かし〜い。
    家で飲む事がなかったので 専ら銭湯で飲むのが定番。だからなのか 物凄く美味しくて コーヒー牛乳目当てで銭湯に行ってました。
    今 ふっと思ったんだけど 瓶に入った飲み物を飲む時 瓶の飲み口部分が唇に当たると ちょっとヒヤッとして重みもあるから ” 今 飲んでます! ” っていう実感もあったから 尚更満足してたのかも(笑)

    1. それってありますねぇ。
      ちょっと厚みのある牛乳瓶の口元。
      やさしい感じがして好きですねぇ。

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