Gifu Poem「白鷺の湯」と「昭和懐古奇譚」(2013.7新聞掲載)

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屋根の緑青(ろくしょう)風見鶏(かざみどり) 身動(みじろ)ぎさえも出来ぬほど

梅雨も明けぬに夏バテか 白鷺の湯で暑気払い

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川風涼し宵の口 温泉街に下駄の音

下呂の名泉浸り過ぎ 慌て駆け込むかき氷

「缶ジュース専用穴あけ爪」

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あと1週間で夏休みともなると、流れ落ちる汗などなんのその、胸がはち切れそうなほど高鳴り、踊り出すほどだった。

しかし果たして、何がそんなに愉しみでしかたなかったのだろう?

明確な理由などトント思い当たらない。

何せぼくが育った昭和の半ばは、ディズニーランドもユニバーサルスタジオだって無かったし、ましてや「家族揃ってちょいと海外へ」なんて、例え天と地がひっくり返ろうが、まずもって有り得ない話だった。

だから恐らくせいぜいが、近所のオバチャンに連れられ市営プールに行く予定とか、親類の家へ泊りに行く程度が関の山。

それでもバスや電車に乗って出掛けるだけで、十分に行楽気分が味わえたものだ。

「あれっ?この缶ジュース、缶に穴開ける爪みたいなのが付いとれへんがね。しまったあ!お母ちゃんよう見もせんで、山積みの特売品を慌てて掴んでまったでやわ」。

親類の家へと向かう電車の車中。

母は生ぬるいスチール製の缶ジュースを取り出し、上蓋と下蓋をひっくり返しながら素っ頓狂な声を上げた。

まだプルタブが世に登場する前の時代。

普通缶の上蓋に、爪のような専用の穴あけが取り付けられていた。

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中でも名だたるメーカー品は別格。

上蓋の専用穴あけ爪の上から埃避けも兼ね、透明のプラカバーまで被った上等品もあった。

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しかしわが家じゃそんな上等品を持たせて貰えたのは、他所の子と比較されそうな修学旅行くらいのもの。

よって常日頃は、特売の名も無き三流メーカー品。

だから上蓋に穴あけが、端っから付いてないこともしばしば。

「どうせこんなこともあろうと、ほれっ」。

母はちょっと錆の浮いた穴あけ爪を、ドラえもんのポケットのような、何でも飛び出すバッグを弄り探り出した。

車窓を横切る夏真っ盛りの田園風景を眺めながら、生ぬるい缶入りジュースの上蓋に穴あけ用の爪を立て、一思いに(えぐ)るように穴をこじ開ける。

そして缶をクルッと180度回転させ、今さっき開けたばかりの穴と対角線上の位置に、再び爪を立て一気に空気穴を開ける。

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それが昭和半ばの、スチール製缶ジュースをいただく際の、お点前の最も重要な作法の一つであった。

生温いオレンジジュースは、まるで冬場に風呂の湯船の中で、散々ボール代わりに弄んだ後の、温かなミカンの味そのものだった。

しかも当時は、賞味期限表示の必要性も無いため、缶ジュースがいつ製造されたかさえ不確か極まりなし。

だからジュースを飲み終えてみると、妙にエキゾチックな後味が残る。

どうにも腑に落ちずに、小さな穴から缶の中を覗けばビックリ仰天。

エキゾチックな後味の正体は、スチール缶の底に浮き出た錆び。

それがオレンジジュースと相塗れ、エキゾチックな鉄臭さを醸し出していたのだ。

でもだからと言って、誰も一々目くじらを立て、メーカーに怒鳴り込むような野暮な真似はしなかった。

誰もが穏やかで、心逆立てる事を努めて嫌った。

そんな昭和が、今はただ恋しい。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「Gifu Poem「白鷺の湯」と「昭和懐古奇譚」(2013.7新聞掲載)」への8件のフィードバック

  1. 缶ジュース
    懐かしいねぇ!
    昔は子供が町内に、たくさん居たから
    町内遠足って一年に2回ほどあって、その時に配られたお菓子・・
    まさしく、缶ジュースが写真の物でした。
    味は、オレンジ!
    昔はオレンジ味しなかったんかな~ぁ~?
    他の味は覚えてない!
    大人になった今は、よほどの事がない限り
    缶ジュースも缶コーヒーも飲まない・・
    ハイハイ!
    オカダさんは結構!「缶」にお世話になってますねぇ!
    「キリン一番搾り」の缶ビール!

    1. そう言えば、昭和の半ばにゃあ缶ビールなんて存在してなかったんでしょうかねぇ。
      家のお父ちゃんももっぱら瓶ビールでしたし。
      確かに缶ビールをあの専用穴あけ爪で開けている、なぁ~んだかとっても間抜けな姿って記憶にないですものねぇ。

  2. 少なくとも40年前までは、缶あけの金具が付いた缶ジュースはありました。乗鞍高原から自転車で登った乗鞍岳の畳平で40年前に購入した記憶があるからです。バヤリースオレンジジュースかポンオレンジジュースやったと思います。今だと省資源でこういった缶ジュースは淘汰されてまうのでしょう。
    面白かったのは下で買ったビニール袋入りのお菓子が標高が高いとパンパンに膨らんでしまうことでした。

  3. やっばりビールは瓶じゃないとねぇ、なんて時代もありましたが、今や瓶ビールは滅多に口にする事もなく、缶ビールにお世話になっております。缶を開ける道具のいらないプルタブやプルトップを考えた人、天才だわぁ⤴️

  4. 専用穴開け爪は 確かフルーツ缶とかにも付いてたので 使った事はあるけど まさかのジュース… 知らなかった〜。
    まさか その小さな箇所から飲むのかな?
    ブログを拝見する度に 古き良き時代に触れられて ほっこりさせてもらってます( ◠‿◠ )

    1. そうですよ。
      小さな穴から啜るようにして飲んだものです。
      それがじれったくってたまらないと、空気穴とは別に飲み口を何個も空けて、出を良くしたこともありましたねぇ。

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