9/23 その② 長良川母情④(2008.4月新聞掲載)

今にも湯気を立てそうなほどふっくらとした桜色の手が、五平餅を捧げ持ち暖簾の下から差し出された。

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長良川に架かる平家(へいけ)(だいら)(ばし)から南へ。

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郡上市白鳥町、長良川鉄道の終着北濃駅を越えた、道の駅しろとり。

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そう言えば遠い日の母の手も、いつも水仕事で桜色だった。

おまけに指先は、あかぎれでパックリと割れ果て。

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今のように湯沸かし器すら無い時代。

凍て付く冬のお勝手仕事は、さぞ辛かったに違いない。

ましてや泥だらけの田んぼを、朝から晩まで平気で駆け回るような腕白息子を持っていたのだから、洗濯物に不自由することなんて無かったに違いない。

三種の神器に登場する自動洗濯機なんぞ、折り紙つきの庶民といえる我が家に登場するのは、まだまだ時代が下ってからのことだ。

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だから母はいつも、玄関先の小さな冬の陽だまりに(かな)(だらい)を据えていた。

汲み置いた水が、ほんの少しだけでも日光で温むのを待つために。

そしておもむろに盥を内腿で挟み込むように屈み、洗濯板にメリヤスの長袖シャツや股引をこすり付け、せっせと一枚一枚手洗いを続けた。

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だから指先はいつもあかぎれまるけ。

母に手を引かれ、市場へと買い物に向かう道すがら、ガサゴソの指先に触れるたび、ぼくの小さな心までひび割れる気がした。

お腹が痛い、頭が痛いと泣き叫べば、直ぐにガサゴソの掌が医者代わり。

でもそんな時は、ちっともあかぎれだらけのガサゴソ感なんて、気にもならなかったものだ。

母の桜色した魔法の手。

五平餅を差し出した桜色の手は、母の手なんぞよりもずっと上品だった。

「どうやね、美味いやろ?そりゃあそうやて。タレが決めてだでね。家のはピーナゴサンショ入りやでね。はぁ?ピーナゴサンショってなんやって?そんなもん、そのまんまやて。ピーナツにゴマ、それに山椒入りってことやわ」。

畳み三畳でも十分の大店(おおだな)、その名もズバリ「五平や」。

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同市千田野に住む、長谷川邦子さんが大笑い。

邦子さんは昭和18(1943)年、農家の長女として生まれた。

高校を卒業すると10歳年上の夫の元に、幼な妻として嫁ぐことに。

「親が勝手に決めてきちゃって、いきなり結婚やわ。たった一度の青春時代を、人妻で過したんやて」。

とは言うもののやがて、一男一女に恵まれた。

「家は主人が勤め人やったもんで、年寄り衆の面倒見ながら子育てしもって一人百姓やわさ」。

子ども達も成長し、夫も既に定年を迎えた平成9年。

「主人は定年でず~っと家におるようになって、二人でじ~っと向かい合わせでおってもねぇ。そんなら土日だけ、プチ家出でもしたろって。それまで五平餅なんて作ったこともなかったに、この店を始めたんやて」。

注文が入ってから握る自家製おにぎりと、春先から始まる朴葉ずしもいつしか品書きに加わった。

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だが4年前、ママサンバレーでアキレス腱を切断。

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休業を余儀なくされた。

そんなある日、隣りの店から電話が入った。

富山県の砺波から80歳過ぎの老夫婦が訪れ「いつ来ても休みやなぁ」と、店の前で困り果てていると。

「そういえば2ヶ月に1回ほどおいでんなるあのご夫婦やって思い出して。娘に店開けるように頼んで、五平餅焼いてもらったんやて」。

五平やの母は、桜色した掌を揉みしだきながら、まだ頂にうっすら雪の残る山並みを見つめてつぶやいた。

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「『ここのは味がいいで』って言ってもらえるのが、一番の楽しみやわ。ここにおると若い人らからお年寄りまで、色んな人らと行き会えるやろ。そうすると、もう少し頑張ろかって気になって来るんやて」。

長良川の川堤で春を待ち侘びた桜の古木。

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淡い薄紅色の衣をまとい、川面に艶やかな姿を揺らし続ける。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「9/23 その② 長良川母情④(2008.4月新聞掲載)」への6件のフィードバック

  1. 気になるのが7枚目の写真
    醤油フランク?
    初めて見たけど、何か?美味しそう!
    8枚目の写真は「朴葉寿司」
    これは食べた事がある、郡上方面の道の駅に売ってる。
    田舎料理はイイよねぇ!
    ヘルシーで絶対!カロリーゼロに近いだろうねぇ!
    メタボのポッコリお腹には、イイねぇ!

    1. その土地土地ならではの郷土料理って、やっぱり良いものですよねぇ。
      しかしその場所でいただくからとっておきの味なんじゃないでしょうか?
      その土地の空気を吸いながら、その地方の風景を眺めながら。
      美味しかったからって、土産に買ってきて家で食べると、同じものなのに味わいが違っちゃいますものね。

  2. 白魚のような指がぁ〰(ウソです)、どうしちゃったんだろうって言うくらい手あれが酷い時期がありました。かさかさザラザラで指はひび割れて、クリームを塗っても直ぐに水を使うので全く効果はなくただ耐えるのみでした。今は、相変わらず脂っ気は無いけどひび割れはしなくなりました。厚くなったのかしら、手の皮が(^O^;)

    1. そうなんですか!
      ひび割れって辛いですものねぇ。
      手の皮が厚くなるくらいならどうってこたぁありませんって!
      だって世の中面の皮が厚い方も沢山おいでですもの。

  3. いつか ほんわかしたお店を開いてみたいと思ってて…
    写真のようなお店 いいなぁ〜( ◠‿◠ )
    お客さんと何気ない会話をするのがいいんですよね。
    気になるお店に行った時は キョロキョロ観察しちゃってます(笑)

    1. 小さなお店だからこそ、そのお店を切り盛りされる方の、生き様がそこはかとなく伝わって来るんじゃないでしょうかねぇ。
      すべてにおいてマニュアル化された、全国どこへ行っても見かけるチェーンの飲食店やコンビニとは違って!

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