昭和がらくた文庫26話(2013.01.24新聞掲載)~「逆さ箒と寸借詐欺」

平成の世は、その場の空気が読めない者を、「KY」と囃した。

しかし昭和の半ばは、それさえ逆手に取る強者(つわもの)が、掃いて捨てるほどいたものだ。

「あの人、お父ちゃんの戦友なんやて。昼時にいきなりやって来て、そのままずけずけと上り込んでまったんや。その上、お母ちゃんの昼ご飯まで平らげて。『主人は仕事で、今夜は遅くなりますよ』って、何度言ってもあかん。はよう帰って来てくれんやろか。もう夕飯(ゆうはん)時やし」。

夕暮れまで道草し、慌てて帰って見れば、見ず知らずのオッチャンが茶の間に居座り、バカ笑いでテレビを占領しているではないか。

「でもこの逆さ箒しとけば、じきに帰ってくわ」。

母は襖の裏側に、座敷箒を逆に立て掛けた。

写真は参考

箒の先に、日本手拭の頬っ被りまでかぶせて。

ところがオッチャンは、一向にお構いなし。

ちゃっかり晩飯まで平らげ、熱燗まで所望する厚かましさ。

母の堪忍袋の緒も、もはやこれまでかという矢先。

オッチャンは気を察したのか、重い腰を上げ我が家を辞して行った。

帰りの汽車賃が無いから、工面して欲しいと、口八丁で母を拝み倒して。

父の帰宅を待って母が問いただすと、「そんな名の戦友なんて、わしの部隊じゃ聞いたこともないぞ」と。

しっかりものを自負した母が、寸借詐欺に見舞われ、その落胆ぶりたるや。

「ついに(ははきき)(がみ)さんにも見放されたか。きっとこないだ、うっかり神聖な箒を跨いでまったでやわ。箒神さん、ゴメンナサイ。どうかお許しください」と、母は箒に向かい柏手を打ち、深々と(こうべ)を垂れた。

万物に神が宿ると信じ、決して疑う事を知らなかった母。

その姿がぼくには、どうにも小さく見えて仕方なかった。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫26話(2013.01.24新聞掲載)~「逆さ箒と寸借詐欺」」への8件のフィードバック

  1. 私も昔 逆さ箒を置いた事があります。
    でも 相手が私より若かったせいか全く反応無し(笑) 。知らないですよね〜。
    神が宿る…とまでは思ってないですが 最近 何かにつけて「ありがとう」と呟いてます。お湯が沸いたら やかんに向かって「ありがとう」とか 料理が出来たら「はい!ありがとう」って。
    もしかしたら 自分自身に言ってるのかも知れませんね( ◠‿◠ )

    1. 「ありがとう」の一言は、自分も相手も心が解れだす、魔法の言葉ですものねぇ。
      大切にしなくっちゃ!

  2. 昭和の時代
    アナログ詐欺師!
    今じゃ~⤴顔を見せないで「オレオレ」
    デジタル詐欺師!
    今も昔も詐欺師と言う者は言葉巧みに人を騙す、手口は一緒ですねぇ!
    私なんぞ正直者でこの歳まで、人に騙されても人を騙した事はありません!
    けどさ~ぁ⤴たまに嘘つくけどねぇ!
    デェヘェ⤴(^_-)-☆

    1. 思い返してみるとぼくの人生、何度も騙されたことがあったものです。
      でもそこに立ち止まってばかりいちゃ前に進めませんから、「まっ、いいかぁ」ってなもんで、その都度歩き出したものです。
      きっとこれからも!

  3. 人の優しさに付け込む人や、あれやこれやの手口で後を立たない特殊詐欺。お金は勿論、人の心をも傷つけている事を分かっているのでしょうかねぇ٩(๑`^´๑)۶

  4. 逆さ箒、小津安二郎の映画「お早う」で杉村春子がこれをやっていて、何のことかわからなかった覚えがあります。後になって、「ああ!」と頷きました。今は箒がなかなかないので、掃除機を逆さまに?

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