昭和がらくた文庫8話(2011.8.25新聞掲載)~「呪文は『御馳走(ごっつお)』」

「今日は御馳走(ごっつお)やな」。

両手を合わせ、親指と人差し指の付け根に箸を押し戴き、父は必ずそう呟いた。

たとえメザシ一匹に、漬け物だけであったにせよ。

思えば一度たりと父は、飯が不味いと母を詰ったことなどなかった。

敗戦直後捕虜として、極限状態の飢えに喘ぎ、命からがら引き揚げたからか。

一方母は、父が額に汗し稼いだ薄給を、一円たりと無駄にすまいと、家計の遣り繰り算段に、知恵を巡らせた。

写真は参考

親子三人貧しくも、人並みに笑って暮らせるようにと。

その慣れの果てに誕生したのが、昼の我が家の定番、残り物丼である。

前夜の残り物を組み合わせた、母の苦肉のひと策だ。

「さあ昼やで」。

丼飯の上には、解説不能な料理がテンコ盛り。

前の晩のシュウマイにキンピラ牛蒡、キャベツのトマトケチャップ炒め。

それが一堂に会し、溶き卵を加え油で炒めたものだ。

料理と呼ぶのも憚られる、不思議な出来栄え。

しかしそんなことはお構いなしに、空っぽの胃袋が悲鳴を上げる。

ぼくは父の口癖を真似、「御馳走(ごっつお)や」と念じて頬張った。

「…うっ?旨い!」。

キンピラの甘辛さとケチャップの甘酸っぱさに、シュウマイと溶き卵が絡み、微妙な旨味を引き出している。

見た目とは裏腹な旨さに舌を巻き、今度また作って欲しいと母にせがんだ。

すると「そんなもん残り物やで、二度と同じになんか出来るかいな」と。

写真は参考

御馳走(ごっつお)や」。

父の呪文に教えられた。

倹しい食事でも、家族で囲むことこそが、何より贅沢な旨味の決め手だと。

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投稿者: okadaminoru

1957年名古屋市生まれ。名古屋在住。 岐阜県飛騨市観光プロモーション大使、しがない物書き、時代遅れのシンガーソングライター。趣味は、冷蔵庫の残り物で編み出す、究極のエコ「残り物クッキング」。 <著書> 「カカポのてがみ(毎日新聞社刊)」「百人の天職一芸(風媒社刊)」「東海の天職一芸(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸2(ゆいぽおと刊)」「東海の天職一芸3(ゆいぽおと刊)」「長良川鉄道ゆるり旅(ゆいぽおと刊)」

「昭和がらくた文庫8話(2011.8.25新聞掲載)~「呪文は『御馳走(ごっつお)』」」への6件のフィードバック

  1. そう言えば、最近「めざし」食べてないな~ぁ⤴
    よく焼いて、頭からガブリ、内臓の苦みが大人の味!
    やはり、魚は刺身より、煮つけか焼きが好きだなぁ!
    某テレビ局のギャル○○さんの大食い!
    気持ちがイイねぇ!彼女、食べるの早いし綺麗に食べるから
    凄い!
    彼女観てると、自分でも食べられそうに思うけど・・
    絶対!ムリ!
    ○○分食べ放題ってあるけど、絶対に元は取れない。
    オカダさんだったら○○分飲み放題ってあったら
    間違えなく元はとれるねぇ!
    ワリカン負けもしないし!

    1. 嫌らしいいいかたしないでくださいな!
      ぼくだって、飲み放題で出される銘柄の酒や酒類よりも、お金はないけどこれだきゃあ譲れないって、そんな銘柄モノがちゃあんとあるんですよ!
      それはもちろん、キリン一番搾りは外せませんよねぇ。

  2. 多い時は八人で食卓を囲んでましたし商売もしてたから、なンか慌ただしかったです。今更ながら、母は大変だっただろうなと思います。

    1. そうですって。
      今の電化パワーがまだまだ享受できなかった時代ですから、そりゃあもあお母様はさぞや大変でいらっしゃったと思いますねぇ。
      でも家のお母ちゃんも同様でした。

  3. 「御馳走や」言われてみたいなぁ〜(笑)
    その言葉を聞くだけで 嬉しくなるし作った甲斐もあるし 明日も頑張ろう!って思うに違いないですからね。
    美味しかった、ありがとう、いただきます、ごちそうさま…などという言葉を一度も聞いた事がない私は 「御馳走や」な〜んて言われたら泣いちゃいますよ。

    1. 「おごっつぉや」の語感は、最大級の魔法の言葉だなって思っています。
      例えスーパーのお惣菜であっても、パックのままじゃなくって、気の利いた器に盛られていれば、それだけでも十分な「おごっつぉ」じゃないでしょうか?

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